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今夜の番組チェック

世界の悪党ども


 カンボジア警察 (カンボジア 01.7.7)
 王宮付近をうろつくタイ人 (タイ 01.7.20)
 家に招待するインド人とネパール人 (インド 01.7.31)
 デリーでツアーを組ませるインド人 (インド 01.8.19)
 教科書通りのローマの悪党 (イタリア 01.12.5)
 ルアンパバンのバスチケット売場 (ラオス 02.4.16)



腐れきったかつ上げ集団
カンボジア警察 (カンボジア 01.7.7)

 世界中どこでも警察は腐りきっている。しかしカンボジアの警察ほど腐れきっている国も珍しいだろう。今はそういうこともあまりなくなったらしいが、前は軍隊とともにかつ上げが本業で、上納金を集めて上司に納めるというやくざみたいな組織だったらしい。一番恐れなければならないのが強盗などではなく、警察と軍隊ということなのだ。

 プノンペン在住の長期滞在者によると、少し前のカンボジア警察は銃を携帯し、通行人に銃を突きつけては金をむしり取っていたという。金を儲けたいならもう少し頭を使ってほしいとつくづく思ってしまう。

 日本人や外人バックパッカーはやっぱり抵抗したりごねたりしてしまう。すると頭が弱い警官はむやみに発砲してしまい、あわれ犠牲となったたくさんの日本人旅行者が人知れず地面に埋まっているということだった。その話をカンボジア初日に聞いて、しばらくプノンペンの町中を歩くのが怖くてしかたなく、警官の姿を見たら逃げ回っていたくらいだ。

 警官は実に悪党風でわかりやすい。飲み食いはタダのようで、でかい態度で食堂やカフェに居座り、悠然と無銭飲食を繰り返している。町中でうろうろしている警官どもはやけにヒマそうだ。素人にはよくわからないが、ポリスと書かれた制服が3種類ほどある。全部本物なのだろうか。モスグリーンの制服もあり、自衛隊の制服に似ていたりする。

 我々旅行者の避難所といえる外人のたまり場キャピトルカフェで、警官が初めて銃を持っているところを見かけた。まさかこういう場所で脅してはこないだろうが、見せつけるかのようにむき身で銃を扱う姿はなんとも迫力があった。拳銃などではなくもっとでかい銃だ。これぞまさに狂人に刃物である。

 現在のカンボジア警察は、周りの店からみかじめ料を徴収しているとか、出勤してから私服に着替えてバイタクをしているとかいろいろな噂がある。

 小銭をボったくられるのとはわけがちがい命に関わることなので私も非常に気をつけている。だから実体験でないことは勘弁してほしい。

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個人旅行者を狙い打ち
王宮付近をうろつくタイ人 (タイ 01.7.20)

 バンコク観光の目玉というと、王宮とその周辺にある大寺院群である。日本で言うと、京都御所と金閣寺と銀閣寺が隣接しているようなものである。我々日本人や韓国人などは恥ずかしくも大型観光バスで集団移動しているが、白人などは個人旅行が中心なので道を歩きつつこういう寺に行くことになる。そういった、ちょっと旅慣れしてそうな旅行者に話しかけてくるタイ人がいて、こいつら親切そうな振りして実はとんでもないくせ者だったりする。

 私が宿から寺巡りをしようと歩いていると、いきなりタイ人男性が英語で話しかけてくる。日本人だというといきなり握手を求めてきて、中田を知っているかとかそういう話になる。彼がどこへ行くのかと聞くのでワット・ポーという寝釈迦像で有名な寺の名前を出すと、今日はタイの休日でブッダデーで、ポーでビッグセレモニーがあるので一般公開は午後2時からだという。それよりもおれはいい寺を知っている、そこはスタンディングブッダと寝ているブッダと座っているブッダがあり、今日は特別な日なのでみんな無料で見られるという。それはお得だ。しかも今日だけしか公開していないという。

 さらに、そこに行くには遠いのでトゥクトゥクという簡易タクシーを利用しなければならない。トゥクトゥクにはイエローナンバーと白ナンバーがあり、白ナンバーが政府公認で安いので是非利用しろという。ここら辺から話が分からなくなり、今日はイギリスのサッカーチームが来ていてタイと試合をするとか、特別なムエタイの試合があるとかいろいろ関係なさそうな話をしてくる。

 そしていよいよ本題が出てくる。タイシルクの展示会をその寺の近くでやっている。日本に持ち帰ればとても高価な商品で、今日は特別な日なので今日しか展示会はやっていないという。これが噂に聞く、タイシルクを日本で売って儲けようという話なのかとちょっと感激だ。しかしこちらの英語力がまったくもって貧弱なので彼の言っていることがよくわからずこちらも説明しづらい。進展が無くなってきたので強引に握手をしてありがとうと別れてしまった。

 さて、ここまでならまあ変なタイ人がいたということで終わるのだが、私が王宮周辺を歩き回るわずかな間に、実に5人もの英語堪能なタイ人から話しかけられ、しかも揃いも揃って「ポーはやっていない」とウソをつくのだ。2人目は、私は軍人だ、でも今日は特別な日で休みなのでこうやって歩いているという。出会い方も絶妙で、私が道が渡れず困っていると、ここを渡るのは難しいとかさわやかに話しかけてくるのであった。多少バージョンが変わり、別の寺院を説明してくる。そこにはラッキーブッダがあるといい、しきりに訪問を進めてくる。不思議なことに最初の人間もこいつも、紙にタイ語で行き先をリストアップしてくれるのだ。もしかしたら、白タクに行き先を告げやすくするためかもしれない。

 ウソだとわかっているのでにやにや笑っていると、彼は「なぜ笑う」とか聞いてくる。日本人はいつでも笑っているのだと答えてあげた。ここら辺がタイ人の弱さなのか。ウソつくなら最後までウソを突き通さないとねえ。彼と別れると、まったくもって絶妙なタイミングで白タクが声をかけてくる。数人でだましているのか。

 4人目など、ポーの入り口の目の前で声をかけてきてポーはやっていないと言う。そりゃないよ。さらに5人目はこちらが英語が分からないと知ると、すぐに見限って近くを歩いていた白人に声をかける。ウソつきだと一撃でばれるような行動だ。

 実は前回ここを歩いていたときも怪しげなタイ人に話しかけられ、もうポーは閉まっていると声をかけられていたのでウソつきがいると学習していたのだ。さすがに2回はだまされないぞ。

 たぶんこのタイ人たちは、個人旅行中心の白人や、英語が堪能な日本人などをひっかけているのだろう。私も何度信じかけて宿に帰ろうと思ったことか。見ていたら、白人の家族連れが英語の話せるタイ人の案内でトゥクトゥクに乗り込もうとしていた。同じ仏教徒の日本人にブッダデーとか言ってもウソだとばれるし、英語がろくにしゃべれないので日本人を引っかけるのは難しいかもしれない。王宮に近い船着き場にも胡散臭いタイ人がうろうろしていて、勝手に船で運河を巡るツアーを組もうとする。渡し船で対岸に渡って別の寺に行けばたったの2Bで済むのに、100Bのツアーを勧めてきた。王宮周辺は地球の歩き方で情報を確認し、団体行動する王道観光旅行がベターだ。

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日本人の心理を鋭くえぐる
家に招待するインド人とネパール人 (インド 01.7.31)

 どうも私たち日本人は、海外で知り合った友人の家に泊まってその国の文化を体験するという誘惑に弱い。実際私もそういうことはしないほうがいいと思っていたのだが、お膳立てされたテレビ番組に影響されたり、ホームページや体験記などを見ると、「現地人の家に泊まって食事をもらって楽しかった、がちがちに警戒すると旅が楽しくない」なんてことが平然と書かれていたりする。もう一度、そういう体験は単に運が良かっただけであって、警戒してこそ旅が成り立つことを肝に銘じよう。

 カルカッタでの出来事。宿の近くに大きな公園があって、散策しようと思うがなかなか入り口が見あたらない。鬱蒼と草が生い茂った薄暗い道を見つけたので入っていくことにした。こういうところで襲われたらやばそうだなあとか思っていると、ふいに後ろから話しかける男がいる。そっちは道がないよということを言っている。それで話をしてどこから来たかと聞かれ日本人と答えると、例のごとく固い握手をすることになる。

 聞くと、彼はネパールの学生で、初めてカルカッタに来たという。すべて英語で話をするのだが、彼はなかなか英語がうまい。学校で英語とインドの歴史を学び、今は世界の歴史を学んでいるのだという。歩きながら話していると、サッカースタジアムに行くから一緒に行こうと言うことになる。次はガンガー(ガンジス川)を見ようということで行ったりして、喫茶店でラッシーという飲み物まで飲んでしまう。しかも代金は向こうもち。
 彼の父親はネパールの銀行のマネージャーをしていて、自分も同じ仕事をしたいのだという。インドは何回も旅をしていて、いろいろとインドのことやネパールのことを教えてもらったりする。フレンドリーないい関係だ。今はインド人の友達の家に泊まっている、その友達がネパールに来たときは彼の家に泊まってもらい、今は逆にインド人の家に泊まっているのだという。
 インド人の友達はとても忙しく、今は自分一人で観光していた、こうして出会えたのはラッキーだったということをしきりに言う。そしてインド人と約束しているという話になり、茶屋をでて少し歩くといきなりインド人の友達がいるのだ。

 インド人は、日本人の感覚でいうと金持ちの不良息子という風貌の恰幅のいい若者で、マシンガントークのような英語をべらべらとまくし立ててくる。彼の父親はダージリンで茶園を経営していて、世界中にリーフを売っている。日本にも行ったことがあって、なぜか長崎などの町を知っていたりする。
 そして食堂のような場所に3人で入る。そして奥の席に座り、カーテンを閉めて完全個室にして話し始めるのだった。内容は、サダルストリート(安宿街)は治安が悪いし、マラリアを持つ蚊が多くて危険だ、すぐに宿を出た方がいい。自分の家ならタダで泊めてあげる、ネパール人と一緒に泊まればいいではないか、そんなことをしきりに勧めてくる。インドの家庭、文化を知るいい機会ではないか、そんなことを言ってくるのだ。

 話が胡散臭いので躊躇していると、じゃあ安宿を紹介するので、それを見てから決めればいいという話になり、彼らが代金を払って食堂を出る。少し歩いたところに宿がある。あまり外人向けの宿には見えないが、部屋はそれなりにいい部屋だ。値段を聞くと200ルピーで、インド人が最初に話していた額の150ルピーより高い。そこでインド人が宿の人と交渉らしきことを始める。
 ここで私が面倒になって、じゃあ君の家に泊まるよという話にしてしまう。そこでサダルの近辺まで行き、5分待つから荷物を持ってきてくれという。私は宿に戻るが、散らかった荷物を5分でまとめることは無理だったので面倒になり、断ることにした。
 インド人たちとの待ち合わせ場所に戻り、謝ってやっぱり泊まらないということを言うと、ネパール人はなぜだということを繰り返し言う。こちらの事情を説明するがどうもしつこい。腹が立って日本語で怒鳴るように説明すると、落ち着けという話になり、明日9時に待ち合わせて食事をして、カーリー寺院を見物して、インド人の家族に会い、夜にビールを飲もうという約束をする。約束もやけにくどく、絶対だと念を押され、日本の約束はどうするのだと聞かれたりする。それで我々は別れる。

 宿に戻りさっそく日本語を話すインド人“サトシ”に聞いてみると、ネパール人はたぶんおとりで自分はだまされているということだった。ただこのネパール人パターンは初めてのようで、人物の特長もちょっと違う。ただ、似たような話は多く、特に日本女性からそういう話を聞くらしい。翌日の約束は当然無視した。

 信じられるなあと思ったポイントは、ネパール人が店などで英語を使って話をしていたということだったが、冷静に考えればいくらでもごまかすことができる。

 逆に胡散臭いポイントをあげると、(1)そもそも出会いが危なそうな公園の中、(2)初めてのはずなのにカルカッタに詳しい(インド人から聞いたと言っていた)、(3)見たいと言っていたサッカー場、ガンガーはちらりと見るだけだった、(4)インド人と友達のはずなのだが、インド人の方がボスのように見える、つまり対等の関係に見えない、(5)宿に近寄ろうとしない、(6)宿の人には何もいわずに出てこいとしつこく念を押す、(7)食堂でなぜかインド人と私だけが食事をし、ネパール人には料理が出てこなかった、など。ネパール人とふたりで茶屋にいるとき、たばこを吸ってくると彼が消えたことがあった。そのときにインド人に連絡していたのかもしれない。

 初めに胡散臭いなあと思ったのは、ネパール人とインド人の英語の話し方が似ていることだった。とにかくくどいほど「You understand?」と聞いてくる。さらに、「Life is important」を強調する。そんな変な言い回しをふたりの人間が、しかも何度も使うのはおかしい。

 インド人と合流してから、ふたりはやたらに、ここはインドで、インド流の考え方がある、日本の考え方は捨てなければならないと繰り返した。さらに、インドの文化を学ばなければならないということを強調する。日本にいたら日本の友達はできるが、インドにいるのだからインドの文化に触れなければならないというのだ。友情があるから家に泊めてもらえる、友情は大切だとか言われる。日本人はなかなかうち解けないと言われているだけあってこういうせりふに弱い。

 結局、日本人の英語コンプレックス、安易な現地人との触れあいを求める気持ちをうまく利用した手口だったようだ。初対面のインド人と食事をするという危険を冒してしまった私。やばいったりゃありゃしない。5分という短い時間を指定されなかったら、ひょいひょいついていってしまったかもしれない。

 さて、その翌日歩いていると、今度はバングラデシュから来たという若い男が話しかけてきた。彼は長崎を知っていて、ダージリンの紅茶がどうのこうのとか話す。これでタイの時と同様、ウソなんだなあとようやくわかったのだった。ちなみに自称バングラ人と、その日の朝に話しかけてきた胡散臭いインド人おやじは両方とも「暑いですね」から入ってきた。「暑いですね」は要注意だ。

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インド初心者を地獄にたたき落とす
デリーでツアーを組ませるインド人 (インド 01.8.19)

 デリーは、日本からインドに入る最初の都市なので、インド初心者を狙った悪質なだましが多いらしい。地球の歩き方にだましの事例や注意事項が載っているのでみんな注意しているかと思いきや、バナラシで5人ものだまされた人に会った。デリーでもひとりいたし、まだまだだまされ仲間がやってくるという話も聞いた。これだけだまされる人がいると、最初からツアーで来た方がよかったんじゃないかと思ってしまう。

 手口はいろいろパターンがあって、中には避けがたいものもある。バラナシで会った女性は夜にデリーの空港に着き、エアポートバス(本当はそういうものはないらしい)に乗るといきなり別のホテルに連れて行かれる。翌日グルになった旅行代理店に連れていかれツアーを組まされたということだった。彼女は軟禁状態を嫌ってホテルから逃げ出したが、列車のチケットをすべて旅行代理店で手配してしまっているので、このチケット通りに行くと必ずインド人が先回りしている。しかたなくチケットを買いなおしているということだ。

 バナラシで会った男性は、ニューデリー駅の2階にある列車のチケットの予約オフィスに行こうとすると、そっちには別のチケットがないと入れないと言われてリキシャに乗せられ、別の旅行代理店に連れて行かれたらしい。ドル払いの高額ツアーを組まされ、ずっと添乗員に軟禁されて旅行をしたという。ときどきチップを強要されたりもしてさんざんな目にあったということだ。

 私はカルカッタから入ったので、幸いにしてこれほど悪質なだましにあわなかった。とはいえ、どう考えてもおかしな高額ツアーに彼らはよく金を払ったなあと不思議な気持ちもある。それに、会った人はなぜか、それほどくやしそうではないのだ。私が根ほり葉ほり聞いているうちにだんだんくやしくなってきた、なんていう人もいた。結局は短期間の旅行なので金を取り返すにしてもその時間が無く、だったらこのツアーで観光するか、ということになってしまうのだろう。そういった観光客の事情を知り尽くした悪党のきたないやり方なのだが、やっぱりもっと執念深く用心深く行動したほうがいいのではないかな。

 デリーはとにかくウソつきが多く、オフィスは閉まっているとか、こっちが本当のオフィスだといって自分の店に連れていこうとしたりとか、そんな連中が多い。路上で話しかけてくる人間はほぼ全員悪党だと思った方がいい。インドではこの公式がよく当てはまると思う。よく観光地の日本語を話すおみやげ物屋やなにをしているかわからないインド人と仲良くなって喜んでいる日本人、特に女性が多いのだけど、そんな連中がなんの目的もなく近づいてくるわけがない。日本女性はすぐに「落ちる」とアジア中で評判になっているけど、これも日本人の「仲良くなりたい」という心理をついた巧妙な手口なのだろう。正直、インドは嘘つきが多くて嫌いだけど、これは観光地に腐ったインド人が多い、という意味で、普通のインド人はいい人たちなんだろうと思う。でも、旅行者にはそういう普通のインド人と触れる機会はまずない。

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サンプル多数
教科書通りのローマの悪党 (イタリア 01.12.5)

 昔から観光地には悪党が出ると決まっている。ヨーロッパ有数の観光地ローマには、ガイドブックに書かれた悪党がたくさん出没する。実物を確認するにはもってこいの環境だ。

 友人とともに地下鉄に乗っていると、女性ふたりと赤ちゃんが乗り込んでくる。ひとりの女性が子供を抱き、もうひとりが鼻を赤ちゃんに触らせてあやしている。かわいい赤ちゃんだと思って見ていると、急にあやしていた女性の表情が変わり、赤ちゃんをうっとうしがる。あれだけ遊ばせていたのに。
 地下鉄を降りてから友人が、赤ちゃんを抱いた女性が空いた方の手で、彼のポケットの財布を盗ろうとしたと言うではないか。私がへらへら笑顔を浮かべている間にそんなことがあったのかと驚く。友人がその手をつかんで撃退したら、鼻をいじらせていた女性と合図をしたらしい。それで演技をやめたのだろう。
 他にも宿の人が、地下鉄に乗っていてポケットを探られたという話をしていた。スリというより泥棒のようだ。

 道を歩いていると、地図を広げた男が話しかけてくる。すかさず無視だ。こいつは、なぜか観光客に道を尋ね、親しくなったところでぼったくりバーにつれてゆく手口の詐欺師野郎だ。この手口にあって金を払わされたという人から話を聞いていたのですぐにわかった。

 コロッセオは悪党の聖地らしい。周りでローマの戦士の格好をしているやつらは、一緒に写真を撮って金を要求する。その手口がかなりしつこいらしい。友人と歩いていると「ナカタ、ナナミ」とわかりやすいトークで近づいてきたので無視してあげた。
 やはりコロッセオ周辺。ひとりで歩いていると女性4人が地図か新聞かなにかを持って近づいてくる。にらんで数歩下がったら逃げていった。これは昔から有名な、紙で視界をふさぎ、そのすきに他の奴がポケットを探るという手口だ。同じ宿の人がやっぱりやられてポケットを探られたと言っていた。
 ニセ警官もいるらしい。カラカラ浴場で香港人が話しかけてきて、コロッセオに向かう道で3人のニセ警官がいる、財布を盗るので気をつけろと警告してくれた。かなり渋い顔をしていたのでやられたのかもしれない。

 大きな広場で、ふたりで歩いているとヒモを持った男が近づいてくる。いらないと大声で追い払った。こいつは勝手にミサンガを結びつけて金を要求するらしい。ひとりで歩いているとかなりしつこいようで、やはり同じ宿の人が手を強引に引っ張られたと言っていた。

 他にも、ズボンとバックパックになにかかけられ、親切な男が拭いてくれているときに他のバックを盗られそうになったという話も聞いた。久しぶりに悪党情報が多く集まるぞ。

 宿の日本人従業員が、そんなことをやるのはイタリア人ではないと言っていた。昔から言われる、ジプシーのしわざなのだろうか。確かにそんなような顔をしている悪党も多い。自分は人から聞いたりガイドブックを読んだりしてわかっていたから大丈夫だったものの、知らなければ被害にあってしまうかもしれない、それほど悪党の数が多い町だ。

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法外かつ無意味な予約料を要求する
ルアンパバンのバスチケット売場 (ラオス 02.4.16)

 個人旅行をしているときは、バスや列車などはなるべく自分で窓口に足を運んでチケットを購入した方がいいと言われている。第三者を介するとマージンを取られたり意志が伝わらなかったりとなにかとトラブルの元なのだ。ところが正規の窓口でも平気でぼったくろうとしてくるのがラオスのようだ。

 ラオスのルアンパバンからワンウィエンに移動するときのこと。ラオスは道が悪くて夜は暗いので、バスは早朝に出発して日が暮れる前に現地に着く便が多い。早起きしたのにバスに乗れなかったら損だなと考えた私は、確実にチケットを入手しようと、バスチケットを扱っているという市内の旅行代理店をあたってみた。当然マージンを取られるのだが、チケット代の4割がマージンというのはちょっと高い気がする。これならタクシーでバスターミナルまで行って帰ってきた方が安いではないか。バイクにサイドカーをつけた簡易タクシーに揺られて、小さな町にもかかわらずけっこう遠いバスターミナルへ向かった。

 バスターミナルの脇にあるチケット売場は、暗くてボロくてまるで売場に見えない。とはいえここが正規の売場なのだ。中にいた職員は人が良さそうな青年である。聞くと今日のうちにチケットが買えるらしい。しかもこのさわやか係員は、あなたのためにいい席を確保してあげようと言う。なかなか気が利くじゃないかと「信用してるよ」とかおせじを言ってチケット代を払おうとすると、これがなぜか代理店で買うよりも高い値段なのである。

 よく聞くと、いい席を確保するには予約料が必要なのだという。なんでバスターミナルの窓口で買うのに代理店より高い料金を取られなければならないんだ? しかも明日のチケットなのに予約料が必要とは。

 何度も「代理店の方が安い」と言っても、英語が分からないのか分からないフリなのか、ブッキングするには金が必要だということをしつこく繰り返すだけ。まるで話にならない。

 けっきょく金は払わず、明日買えるか聞いてみる。するとこの係員、いい席をほしいのなら早めに来なければならないと言う。9時半が出発時間、ブッキングすれば9時で大丈夫だが、ブッキングしないなら8時半くらいに来なければならないと言う。

 それならばと翌日早起きして、2時間前の7時半にターミナルに着いた。チケットを買おうと売場に行くと、さすがに一番乗りである。名簿に書かれた順に席が決まるのか聞いてみると、そんなことはなく、席を取ったものがちだという。いったい、昨日言っていた予約というものはなんなのだろう。もちろん昨日とは違う係員だ。

 バスはけっきょく10時に出発した。この時刻、ツーリストインフォメーションで教えてもらった時間である。昨日窓口で9時半と聞いたときは、予定が変更になったのかと思っていた。この職員の言うとおり金を払って9時に来たとしたら、正しい出発時刻より1時間も早いのでブッキングなど関係なしに席は確保できる。係員が予約料を着服して席の手配などしなくても、席が確保されるのでブッキングしてくれたのだと思ってしまうだろう。仮に予約料が本当だとしても、出発時刻を偽ったりする必要もないし、もっと遅く来ても大丈夫なはずだ。つまり昨日の青年係員の言っていたことは全くのウソだったのだ。

 まあ、チケット代が4万キープなのに、予約料がその半分にあたる2万キープと言われればいくらなんでもおかしいと気がつく。ウソをつくならもっとましな金額を言うべきだった。少し欲を出しすぎたのが彼の敗因だ。正規の窓口でこういうウソをつかれるのはこの旅でもほとんどなかったことだ。どうも「ラオスの人はいい」という噂は古い話のようである。

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