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さわやか旅行記 タイ−カンボジア−タイ


 異国だ…… (タイ 01.7.2)
 なめられんタイ (タイ-2 01.7.3)
 すさんだ国へようこそ (カンボジア 01.7.6)
 首都プノンペン (カンボジア-2 01.7.7)
 遺跡で生きる町 (カンボジア-3 01.7.14)
 カンボジアからタイへ (カンボジア-4、タイ-3 01.7.19)
 青春を謳歌する白人オヤジ (タイ-4 01.7.24)


道


異国だ…… (タイ 01.6.2)

 いよいよ始まる世界旅行。まずはタイである。ほとんど初めての海外に戸惑うことばかり。こんな調子でこの先大丈夫なのか、早くも暗雲が立ちこめるのであった。

日本を出る
 出発からして不安が漂っていた。巨大なジャンボが居並ぶ中、成田空港まで見送りにきてくれた友達とアエロフロートの小さい飛行機をバカにしていたら、自分が乗るビーマンバングラデシュ航空も同じような小さい機体だったからだ。
 搭乗開始となって機内の通路を歩いているとき、ふと何かが落ちたので拾い上げると、座席の肘掛けを覆うプラスチックの部分だった。思わず周りを見渡すと、たいていの座席の肘掛けがビニールテープで補修してある。ぼ、ボロい……。上を見上げると所々禁煙マークが消えている。そこが喫煙可能なのではない。電球が切れているのだ。
 添乗員はサリー姿のインド風美人、しかもいきなり機内がカレー臭い。日本発のエアラインは日本語が通じるとかいう話だったがそんなものは当然通じない。いきなり異国なのだった。

ついに海外
 海外旅行初心者、ついにタイにたどり着く。これから先は日本語以外の言語ばかりを使うことになるのだ。英語などまじめに勉強したためしがない私は、本当に大丈夫だろうかとかなり不安である。滞在目的を訊かれたらもちろん観光、職業はウソでも学生だ、ひたすら受け答え方を頭の中で繰り返す私。そんな心配をよそにイミグレの応対は手慣れており、英語も話せない私はまんまとタイに入国することができたのだった。
 空港の銀行でトラベラーズチェックを現金に換えるが、レートがいいのか悪いのかまるで分からない。金の数え方すらおぼつかず、悪党が来たら即ダマされるような状態である。
 さてこれからようやく異国の地に第一歩を踏み出すぞと思っていると、日本女性が声をかけてきた。安宿集まるカオサンロードにタクシー相乗りで一緒に行かないかというのだ。こちらは地理に疎いまったくの海外初心者、道連れは大歓迎なのだった。奇遇にも彼女のバックパックと私のバックパックが全く同じものだった。
 タクシー運転手は早速ボったくりを仕掛けてきたが、まあたかがしれている。こうして運良く簡単に安宿街にたどり着き、おまけに周辺の案内までしてもらえることとなった。幸先のいい旅のスタートではないか。

うまい飯、か
 海外経験など8年ほど前に香港に行っただけの自分にとって、タイはとにかくすごい国だ。貧乏旅行なので食事は屋台の安い飯ですますことにしているが、初めて食べたぶっかけ飯が辛すぎる……。それ以降もなんとなく慣れなくて、腹が減って街を歩いてみても、あちこちに漂っている異様なニオイで食欲がなくなるのだった。
 飯を食って後味が悪いのでコンビニでファンタを買って流し込もうと思ったら、安らぎになるはずのファンタがかき氷のシロップみたいなドロ甘で、一気に体力を消耗した。たしかお台場のどこかに売っていたと思うので興味がある人は買ってみよう。RPGで言うとポイズンを食らったような気持ちだ。

 屋台 屋台でなにか買うガキ


道は気合いを入れて渡れ
 タイは交通量が激しいのだが、道を渡るときは信号をみたり横断歩道を渡ったりしない。いきなり渡る。てゆうか信号の見方もよくわからない。赤だから車は動かないだろうと安心しているとバイクを先頭につっこんできたりする。だから結構命がけだったりする。案外タイ人も大変そうに渡っていたりする。ぼやぼやしているとひかれてしまうのだ。だから、タイでは道を渡るときに犬すら左右確認しているぞ。平和ボケした日本の犬とはえらい違いだ。ちなみにタイは貧相な野良犬がやたらうろうろしている。

 バス待つ人々 やたら人が待つバス停


やっぱりピカチュウなのか
 タイでも猛威を振るっているのはポケモンだった。タイで初めて目にした日本のキャラクターはピカチュウだった。Tシャツ着ているし。散歩していたら、変な店の中でポケモンが放映されていて、子供たちが椅子に座ってじっと見入っている姿があった。あれはどういう店なのだろう。いろいろな店をのぞいてもピカチュウグッズはたくさん売られている。あとよく目にしたのはポスペ。ソニーががんばっているようだ。
 ゲームはパソコンの3Dゲームが大人気だ。ショッピングセンターなどでパソコンを時間貸ししていて、子供たちが食い入るようにプレイしている。隣にアーケードゲームが置いてあったとしても見向きもしない。日本のゲームの将来が不安になる一こまだった。

そして外人
 宿を取っているのが、世界中のバックパッカーが集まるカオサンロードというところ。しかしここ、ほぼ白人の勢力下にあり、文化的にも白人文化が横行している。もっと日本人が多いのかなと思ったけど、なんのなんの。不良白人のたまり場みたいな不健全な空気が漂いまくっている。どうしてこんなに白人がいるんだろうと思うくらい白人だらけ。彼らは違法コピーの洋楽CDを物色し、気が向いたらタトゥを彫り込み、アメリカンなカフェでバカ騒ぎをし、腹が減ったら屋台の焼きそばを食うのである。
 インターネットカフェで隣の外人が「ベリスロー」と怒りまくっていた。たぶんホットメールのチェックでもしているのだろう。ホットメールは世界中で使われているのでホストにすらつながらないような。回線も遅いけどサーバが遅いのよ。

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なめられんタイ (タイ-2 01.7.3)

 初めての海外ひとり旅は難しい。とにかくなんと英語で言ったらいいのかわからないのです。

白人文化圏であなどられる
 前回書いたとおり、バックパッカーの聖地カオサンロードは白人の文化圏だ。主言語はもちろん英語。アメリカ人などは母国語だから問題ないのだが、私のような日本語で世の中渡っていく人間にはまったく厳しい。ブロークンイングリッシュだとバカにされるのだ。たぶんこういうところで商売をやっているのは中国系が多いのだろうが、旅行代理店で小馬鹿にされ、インターネットカフェでは使わせてもらえなかった。そういう奴らは揃いも揃って我々東アジア人の風貌。普段白人とつきあっているから感ちがいしているんだろうか、奴ら。ここぞとばかりに復讐されてしまった。

無法な品々
 タイといったら有名なのがコピーゲームやパチもの時計などの違法グッズだ。そこで日曜日と月曜日にチャイナタウンに出かける。日曜日は閑散としていたのだが、月曜日はまるで別世界のように露店が広がっているのだった。エロビデオCDが売られる屋台ではむさ苦しい男たちが群がり、やけに熱心にソフトを物色している。
 さて、この違法風グッズ、タイの新宿ともいえそうなサイアムスクエア周辺にそびえる巨大ショッピングセンター“マーブンクロン”にも売られている。こんなのこういうきれいなショッピングセンターで売っていいのだろうか。実はここ、見た目はおしゃれなショッピングセンターながら、パチ物安物なんでもござれの現地人御用達買い物スポットなのであった。けっこう安いので外国人にも人気が高い。

 マーブンクロン 外観はおしゃれ

 さらに驚くのが、日系百貨店「そご○」の売場にも、たぶん違法だろう、ゲームボーイのソフトがたくさん詰まったパッケージが堂々と売られていたことだ。

集まれ同胞
 カオサンロードから一本入った通りに、異常に人気のある屋台がある。もちろん私も毎日夕食はここで食べた。なぜ人気があるか。それは、メニューが英語と日本語で書かれてあるからだ。露店なのでコンロが一つしかなく、料理が出てくるまでにとてもとても時間がかかる。それでも確実に意志が伝えられるので、無難さを求める日本人や白人であふれかえるのだ。
 タイの料理はたいがい辛いので、まっとうな味覚の日本人だと厳しい。一日を締めくくる大事な夕食なのだから、無難にいったっていいじゃない。
 ちなみに日系デパートにある日本食レストランでは、たいていの料理が私の宿代より高いので二の足を踏んでしまう。だって宿代、一泊280円だし。

尻を洗え
 さて、東南アジア、南アジアといったら、お尻を水で洗う風習があることで有名。安宿でさっそくダイレクトウォッシュを体験して、それはそれで何とかなりそうだ。アジアに来ているのだから案外抵抗なくできてしまう。
 問題なのはショッピングセンターなどで水と紙がない場合だ。水があればもう問題ないのに、なぜか両方なかったりする。日本の駅みたいに紙が入り口で買えたかな?

タイ雑感
 やけに日本人に人気のあるこのタイ。ほほえみの国と言われるからにはみんなほほえんでいるのんだろうと漠然と考えていたが、そんなことはなかった。タイ人、ちっともほほえまないぞ。
 “手を合わせてお辞儀”というのもほとんど見ない。日本だと通行人はむすっとしているというよりぼおっとしている感じの表情が多いのだが、タイ人は完全にむすっとしている。もちろん店でも。実はカンボジアに飛ぶとき、空港で空港使用税を払うカウンターのお兄さんが初めて微笑んでくれて、それだけで「タイ、GOODだ」とうれしくなってしまうくらいの仕打ちだったのだ。
 タイには中華系の人がたくさん住んでいて、日本人かなあと思っていてもタイ人だったりする。観光客は中国人や韓国人、日本人が入り乱れ、まるで区別が付かない。たぶん日系デパートをうろついているのは日本人だろう。他の場所では、会話を聞いてもわからなかったりする。みんなおしゃれなので、バックパッカー的な貧乏くさい格好をしていると浮いてしまう。
 そんな予想を裏切るタイでも渋滞だけは情報通り。バイクに乗らないと先に進まない。料金が安いバスを渋滞時に待っていたら、1時間待ってもついに来なかった。渋滞する大通りの脇で一時間も待っていると、排ガスで死にそうになる。タイ人も思い切りしかめ面で待っている。目の前の車がまるで進んでないんだから仕方ない。
 それにしてもバンコクは大都市だ。携帯電話が人気で、ショッピングセンターにカスタムショップがたくさんあってみな熱心に見ている。ファミリーマートやセブンイレブンはどこにでもあり、あんパンまで売っている。屋台料理に疲れた体には泣けるほどうまいのだった。

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すさんだ国へようこそ (カンボジア 01.7.6)

 国の名前を聞いてもいまいち印象がわかないカンボジア。しかしよくよく考えてみると、浮かび上がってくる単語がある。それは「難民」と「ユニセフ」だ。私も子供の頃にユニセフのカンボジア難民募金へ寄付したものだ。そう、ここはポル・ポトによる大量虐殺で国民の4分の1が殺され、数年前に内戦があったばかりの戦闘国家なのだ。
 首都プノンペンの数少ない観光スポットがツールスレーンという虐殺博物館(英語名がずばりジェノサイドミュージアム)と、直訳すれば殺人が丘となるキリングフィールドで、どちらも実物のしゃれこうべや死体の写真がてんこ盛りと心憎い演出がなされている。さらに娯楽は実弾射撃場、イリーガル系では周辺国で一番捕まりにくいらしいドラッグなど、この世のすさんだ部分が凝縮されたような国なのである。

安全、なのか?
 最近のプノンペンはだいぶ治安がよくなったという。こうして私のような旅行者が普通に街を出歩いても一応は大丈夫みたいだ。ただし夜の外出は控えた方がいいらしい。そういった危ない国なので、到着早々長期滞在者からプノンペン情報を仕入れることにした。クメール語を巧みに操る怪しげなエキスパート集団によると、ちょっと前まではホールドアップが当たり前で、ごねて殺された日本人が数多く地中に埋まっているというから怖いものだ。警官の給料は少なく、かつ上げで生活しているらしいので、やくざと本質的には変わらないのである。制服を着ている分だけ見分けがつくからましか。現在は落ち着いたようだけど、本当に何年か前までは警官と軍人が銃で脅して金を巻き上げるのが本業だったというとんでもない国だ。到着早々いきなり驚かされてしまった。

お前らなぜ歩かない
 プノンペンは騒々しい街だ。近代的なバンコクから一転、ホコリっぽくてバイクがあふれかえる街の様相に最初は戸惑い気味だった。私の場合、街を知るためにまずは歩き回ることから始める。理由は簡単、交通機関の使い方がわからないからだ。
 街を歩いて気づくのは、通行人の姿が思ったより少ないことだ。圧倒的に多いのはカブ風バイクで移動している人間なのである。帽子をかぶっているのがプノンペンの主要な交通手段バイクタクシーの目印なのだが、そうやって見ているとほとんどがバイタクじゃないか。
 宿でもらったプノンペンの地図を頼りに街を歩き始める。バンコクや日本の都市に比べれば大して広くないじゃないかと思って歩く。しかし半日もすれば、なぜプノンペンの一般的な移動手段が徒歩ではなくバイタクなのかすぐに理解できる。
 それは、道があまりにドロドロで歩きにくく、のんきに散歩などしたらすぐにサンダルやら服やらが汚れてしまうからだ。しかもドブ臭いニオイが漂う得体の知れない水たまりも多い。バイタクに乗っていれば一応は汚れないのだった。

 プノンペンの道 もうもうと土煙舞うプノンペン


虐殺博物館
 旅行人というガイドブックにはツールスレーン刑務所博物館と紹介されているが、オフィシャルなパンフレットにはジェノサイドミュージアムと書いてある。なかなかナイスなネーミングである。
 バイタクを拾ってツールスレーンと言ってもまるで通じない。地図を見せたりしてようやく動き出したバイタクが連れていった場所はまるで違う建物だった。英語が通じる他の通行人に訊いたりしてようやくたどり着いた。入口では関西人がなにやら怒っていたが、彼はキリングフィールドと言ったのにここに連れてこられたと怒っている。どうやら、バイタクはキリングフィールドもツールスレーンも本当にわかっていないようなのだった。自分の国の観光地くらい覚えてほしいものだ。
 さてここ、ポル・ポト派が拷問してたくさん人を殺した場所として有名で、当時のままのベッドとそこに転がっていた死体の写真が壁に飾られていたりする。他には独房跡、殺される前に撮影した人々のおびえきった顔写真などを展示した部屋もある。妙に背筋がゾクゾクしてくるのはなぜだろう。
 極めつけは、どくろを並べて作ったカンボジア地図。川や湖も図示されているので間違いなくカンボジアだ。悪趣味なオブジェを最後に見せられすっかり沈んだ気持ちで虐殺博物館を後にするのだった。

キリングフィールドも行っとくか
 キリングフィールドはプノンペンの郊外にある、ポル・ポト派が大量虐殺して死体を埋めた場所である。カンボジアにはこういう観光地しかないのだろうか。
 ちょっと遠いのでバイタクで行くしかない。しかし現地人には大して有名でもないらしく、バイタクにまるで通じない。念を入れて宿の人にクメール語でキリングフィールドと書いてもらった紙を見せてもわからないのだから本当にわからないのだろう。
 そこに颯爽と登場したのが英語が話せるバイタク。いわゆるぼったくりバイタク風なのだが、言い値が相場の最高額なのでよしとしてさっそくライド・オンだ。道は最悪で、がたがた激しく揺れるバイタクの後ろに乗っていると、キリングフィールドに着く前にこっちが死にそうだ。
 キリングフィード自体はただの穴ぼこだらけの空き地で、さながら登呂遺跡の竪穴式住居跡を見学しているような気分である。ちなみに穴ぼこは人骨を掘り出した跡だ。登呂遺跡と違うのは、復元した高床式倉庫の代わりにどくろを積み上げた慰霊碑(パゴダらしい)がど真ん中にそびえ立っていることくらいか。つくづく悪趣味なのだが、日本人ではない東アジア系の一団(中国人かな)が、さわやかな笑顔でどくろ塔をバックに記念撮影していたりする。よくわからない場所だった。
 超悪路をのろのろ走りつつ私よりはるかにまともな英語で話しかけるバイタク運ちゃん。行きはさわやかに中田を知っているとか、カンボジアで人気があるスポーツはサッカーだとかそういう話になったのだが、機が熟したと思ったのか帰りにはシューティングとかスケベとか日本人の琴線に触れる単語を連発するのであった。ちなみに最初は中国人と思われていた。まずは作戦成功だ。

クメール人とは
 大量虐殺を生き抜いた人々は心の底からすさみきっているんだろうと思っていたものの、案外そうとも言い切れないかもしれない。日本人の長期滞在者から「いまいち商売に向いていない人々」と聞いていたものの、警官に銃を突きつけられたという話の方が生々しく、最初のうちは信用できないでいた。
 ところがバイタクを使うほどに慣れてくると、だんだんとクメール人の別の面が見えてくる。タクシーの常道として到着してから値段をつり上げてくるのだが、最初の言い値+α(ちょどいい小銭がなかった)を渡したらごねるわけでもなく問題なかった。
 キリングフィールドに行ったバイタクは、いろいろ誘惑してきてもノーと断るとあっさりと引き下がる。支払い時に細かいドル札がないのでボラれるかなあと思っていたところ、宿で両替してこいと言ってくれた。やけに人がいい。
 さらに、外人のたまり場のキャピトルカフェという場所は支払いが申告制になっている。英語がど下手で説明するのが面倒くさかったため、「トーストサンドイッチを食った」と申告すべきところを「トースト」と言ってみた。するとそっちの安い方の料金で済んでしまった。まあ外人価格で儲かっているのだろうが、案外商売っ気がないような。だから商売関係は華僑に牛耳られてしまうんだろうなあ。とはいえ一番おめでたいのはボラれまくる我々日本人だったりする。

 顔を背けるクメール人 カメラを向けるとなぜか顔を背ける


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首都プノンペン (カンボジア-2 01.7.7)

 バイクと人があふれかえる街プノンペン。道がドロドロで薄汚れていてもカンボジアの首都だ。プノンペンの市街地から出れば、もうそこには昔ながらの高床式の住居が軒を連ねていたりするのだから、これでも大都会なのだろう。

日本人たまり場
 最近日本人旅行者に人気が出てきたというカンボジア。昔に比べてだいぶ安全になったといううわさを聞いて私のような旅行者がのこのこやってくる。プノンペンは日本人の長期滞在者が多いことで知られている。物価が安いことに加えイリーガルな方面を好んでいる人々の評判がいいのだ。
 日本人のたまり場は主要なところが2カ所で、有名な安宿キャピトル1の一階にあるカフェと、その近所にある“つうちゃん食堂”という日本料理食堂である。ここでは一日中、長期滞在の怪しげな中年日本人が不気味な笑い声をあげていたり、ヒマそうな若者がぼおっと道を眺めていたりする。とはいえ私もヒマなのでキャピトルのカフェで呆けているのが日課となっている。
 このつうちゃん食堂、つうちゃんという日本語が話せる女性(確かベトナム人と言っていたような)が運営していて、カツ丼やみそ汁といった日本食がそれなりに安い価格で食べられるとあっていつも日本人で大盛況だ。たとえばトンカツ定食が2ドル。他の料理店に比べると高いような気もするが、スーパーで売られるボンカレーが同じ2ドルだったので、それに比べればお得である。

射撃に関する噂
 プノンペン滞在の日本人がやることといったら、虐殺の歴史を学んだり人骨を見たり、日本食堂で時間をつぶす他には射撃くらいしかない。私はあまり興味がないので行っていないが、友人にサバイバルゲームが好きな人たちがいるし興味のある人も多いと思う。
 話によると、射撃場ではライフルや拳銃の実弾射撃ができるらしい。カンボジアで事業を興している長期滞在者は、カンボジア人の友人と行ってAK−47を撃たせてもらったらしい。拳銃は撃っても当たらないが、カラシニコフは極めて命中率がいい。だからカラシニコフでホールドアップをやられたら絶対に抵抗してはいけないそうだ。
 カラシニコフは、一発撃っただけで銃身が加熱するため、素手では持てないという。そして反動でどんどん後ろに下がってしまうということだ。

ここにも白人
 どこにでも現れる白人旅行者。カンボジアにも当然のことながら出没していて、英語が通じるため強気に行動している。
 白人の行動でおもしろいのは、レンタルバイクに乗ることだ。しかもやたらにとばす。日本人も利用しているのだろうが、白人はどんな国でもお構いなしにバイクを乗り回している。この理解不能な交通ルールと悪徳警官がはびこるプノンペンでよくもそんなものに乗りたがるなあと感心してしまう。
 サングラスをかけて颯爽と大きなバイクを操る、クリントイーストウッド風の白人オヤジがいて、こいつがなんかよくわからないけど市中をうろうろしている。奴の姿はたまに見かけた。

日本の援助とぼったくり
 レンタルサイクルか自転車屋か不明だが店頭に並んでいる自転車をよく観察すると、そのほとんどに日本の登録証がついていることに気がついた。ひょっとして、盗難車じゃないのか?
 乗用車なども、日本で盗まれた車が香港あたりを経由してカンボジアに入っているという黒い噂がある。カンボジアに入ったとたん足がつかなくなるという、混沌国家ならではの噂話である。
 日本はカンボジアに毎年多額の援助をしている。日本のVIPも訪れたし、日本の援助できれいな橋が架かっていたりする。日本とカンボジアの国旗が並んで書かれたフレンドリーな看板が道ばたに転がっている。しかしだからといって日本人が感謝されているわけではない。笑顔を振りまけばぼったくりの対象としてカモ扱いされるのがオチだ。
 日本が援助している国で、日本で盗まれた自転車に乗っていたら、日本で盗まれた車にひかれた、なんてことになったら浮かばれやしない。

文化を牛耳る中華
 カンボジアは、クメール人や中国人、ベトナム人などで構成される国だ。市内には漢字の看板をかなり目にする。中国人は商売がうまいのでカンボジアでも儲けているようだ。
 大きな通りでスーパーマーケット、外国語の本屋、CD屋を発見した。スーパーはすべてドル表記、しかも高い。金持ちしか乗れない乗用車で中国人風の家族が乗りつけて買い物していったりする。本屋はほとんどが中国語の本、あとは英語の本が少しあるだけで、日本語の本などありゃしない。日本の漫画やアニメ・ゲームの解説本、日本のバイクの解説本の他、なぜか日本の少女が載る雑誌などもあり文化的には日本なのだが、言語は完全に中国語なのであった。
 CD屋も同じようなものだ。中国風の音楽CDと洋楽CD、洋画のビデオCDばかりで日本の曲は古くさい演歌が数枚しかない。最新邦楽のコピーCDを混沌国家で調達しようという考えは甘かったようだ。
 さて、このCD屋には中国系と思われる若い女性が働いている。これが表参道あたりを歩いていそうな美人で、タイ人、クメール人、インド美人などに疲れていた私は不覚にも日本を離れて初めてときめいてしまった。やばい、自分まで中華に牛耳られかかっている……。

やさしくしてね…… 海外床屋初体験
 ついに床屋に行った。中国人経営のおしゃれなCDショップで鏡に映った己の髪の毛があまりにひどかったため、ついに行くことにしたのだ。
 海外で髪の毛を切れば安いだろうとケチくさいことを考え、髪が伸びていたにもかかわらず切らなかった私。タイの中華街で切る予定だったが、見かけた床屋があまりに怪しげだったために躊躇していた。カンボジアは滞在も長くなりだんだんと慣れてきて、「いくら?」くらいは言えるようになってきた(ただしあまり通じない)ので行ける自信がついてきた。
 さて、近所にある床屋の前を通りかかると、いつもたくさんの客でにぎわっている。独特の怪しい雰囲気が漂っていてどうも入りにくい。ということで何度も往復したり町中をうろうろしたりしてようやく決心したのが、路上でやっている床屋だった。ヒマそうにしているにいさんに「カット、カット」と手で示し、なんとかやってもらえることとなった。
 さっそく椅子に腰を下ろすと布を巻きつけられメガネを外される。これで視力が奪われたことになる。路上は建物の中にある床屋に比べて開放感があり、脅されても逃げられそうなので気持ちに余裕がある。最初はやる気なさそうにばさばさとハサミで髪の毛を切り、なにやらクメール語で聞いてきた。すそのあたりをどうするのかということかもしれないがよくわからないので、こっちも適当にすそを切ってくれというようなそぶりを示す。うろうろしているときに手動バリカンですそを刈り上げることがわかっていたのでそのまま任せることにした。注文つけようにもクメール語がわからないし。
 さて、一通り刈り終わるとついに恐怖の時間が訪れる。カミソリをあてようとしているのだ。海外でカミソリはやばいと聞いていたので躊躇するが、目の前で安全カミソリの刃を替えていたので大丈夫ではないかとしきりに自分を励ました。バリカンで刈り上げたあとはカミソリなどで処理しないとなんとも間抜けになってしまう。へんてこな水を吹きつけすそをそり、椅子を寝かして顔までそってくれた。
 路上ではあるが散髪に必要な機能は揃っていて、正面の鏡のみならず、その後ろに合わせ鏡にして背面を見せるための鏡までセットされている(悪魔が出そう)。ひげを剃るために背もたれが倒れるようになっているのもさすがだ。
 懸案の料金は2000リエル。近所の床屋の看板も2000リエルで、路上と同じ値段というのも解せないがまあ大した額ではない。日本で床屋に行くと4000円弱、リエルに換算すると約12万リエルとなる。路上床屋でも相手はプロなので、なにもいわなくてもそれなりに仕上げてくれた。ますます中国人風になりご満悦である。

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遺跡で生きる町 (カンボジア-3 01.7.14)

 カンボジアといったらアンコールワット。というか、アンコールワット以外になにも無い国だったりする。国旗のデザインはアンコールワット、ビールもアンコールビールと徹底している。その遺跡への依存ぶりは、アンコールワット観光客が泊まる町シェムリアップに来てようやく理解できた。しかし、ひねくれ者の私はどうもこの町が楽しめない。

のんびり滞在? うーん……
 シェムリアップは小さい町だ。プノンペンの狂ったような喧噪から一転、あちこちに椰子の木が生えるトロピカルムードで我々観光客を迎えてくれる。しかも市中では日本語が飛び交っていて、最初のうちは違う国に来たのかと錯覚してクメール語も使えなかったくらい。それほどまでにプノンペンとは雰囲気が違うのだ。
 ここは、田舎町風ののんびりした雰囲気、フレンドリー(?)な宿、あこがれのアンコールワットに近い、そんな条件が重なって日本人の長期滞在者が多い。安宿の入り口にある椅子とかに座りつつ、マンガを読んだりしてぼおっと日が暮れるのを待っていたりする。私もなんだかんだ言ってけっこう滞在している。
 長くいるといろいろな面が見えてくる。シェムリアップは本当にアンコールワットの観光で成り立っている町で、しかも観光客が多額の金を落とす。だから、いわゆるあぶく銭であふれかえっているように見えてしまう。カンボジアでは1ドルが貴重な金額のはずなのに、平気で若いクメール人が20ドル札を投げたりしている。何だこの雰囲気は、と私は悩んでしまう。どうもこの雰囲気に慣れることができない。

コリアンパワーを痛感す
 プノンペンから一緒に行動している日本人が、偶然にも韓国人の友達に会い、3人でビールを飲みに行った。彼とは英語で会話することになるが、英語がめちゃくちゃ堪能。こちらは最悪イングリッシュなのでまるで理解できない。そのうち彼は、俺は外人と話してうまくなった、もっと白人と話をしなければいけない、お前は今までの旅でどれだけの外国人の友達ができたか、話せ話せ何しに旅をしているんだとビール片手に説教してくる。遠い異国カンボジアの田舎町の汚い酒場でいまいち冴えないアンコールビールで悪酔いしながら、私はなぜ韓国人からしかも英語で説教を食らっているのだろうか、不思議な気分になった。
 アンコールワットを見物していると、同じ宿の泊まり客が知らない女性と話している。話に混じるとその女性は韓国人だという。本当は日本人じゃない?と思わず訊いてしまいたくなるほどの完全な日本語だ。しかも我が故郷静岡まで知っているという。なぜにそんなうまいんだろか……。さらに追い打ちをかけるかのように彼女の友達の韓国人がやってきて、今度は流ちょうな英語でいろいろ訊いてくる。ま、まるでわからん……。日本語だけで海外にのこのこ出かける日本人などとはレベルが違うようだ。
 ちなみに、アンコールワットには日本語が話せるガキがうろうろしていて、頼みもしないのにガイドをして金をせびってくる。日本語が分からない振りしてコリアコリアと言うといなくなるので利用させていただいた。韓国の方、ごめんなさい。

語学レッスン開始
 韓国人から諭され目覚めた私はさっそく翌日から語学修得に励むことにした。ツーリストインフォメーションに行き地図をもらおうとすると、そこの係員が日本語で話しかけてくる。聞くと、日本語を教えてほしいという。こちらは、私は英語がへたくそです、でも勉強したいと話すと、それじゃあ英語と日本語を教えあおうということに。かくして私はクメール人から英語を教わることとなるのであった。
 彼は、私のブロークンというか単なる単語の羅列的英語を必死に理解してくれようとして、いろいろ答えてくれた。しかしあまりに単語だけで理解してくれるので、かえって勉強にならないような気もする。
 ひょっとして、お互いブロークンだから通じるのではないかと彼の英語力を疑問視し始めた頃、颯爽とアメリカ人がやってきた。するといきなり彼の目つきが鋭くなり、英語も流ちょうに。それもそのはず、彼はアメリカ大使館で働いていたことがあるのだという。他にも、タイ国境に近い町に住んでいたのでタイ語、フランス領だったからかもしれないがフランス語、そして一年勉強しているという日本語とたくさんの言語を操る。さすが政府のインフォメーションのボスだ。
 しかし給料は月給18ドルと格安。ガイドをしてようやく金を稼いでいるのだという。ガイドをすれば1日で10〜20ドルの収入だ。いかにアンコールワット関連産業が儲かるか理解できるだろう。ということで彼がガイドをする日はインフォメーションが閉まってしまうらしい。いい加減だなあ。
 彼はいろいろな単語を聞きたがるのだが、その中には大麻や売春婦なんてのも含まれていた。こんな変な単語を政府のインフォメーションの人に教えていいのかとかなり悩む。あくまでカンボジアの悲惨な現状を知らせたいということらしい。
 彼はJICAという日本政府の海外援助機関から派遣された先生から日本語を教わっているらしいのだが、怪しげな単語をなぜ教えたとあとで非難されても困るなあ。ちなみにキリングフィールドの意味を教えてくれとしつこいので、例の“殺人が丘”と翻訳する。それでよかったのかどうかははなはだ疑問だ。
 宿にもヒマそうなクメール若者がたむろしていて、彼らを相手に英語のレッスンをしたりする。しかしどうも通じないし言っていることもわからない。すると日本人が来て、我々はブロークンイングリッシュで語り合っているというのだ。うーん、わからない同士でいい加減な英会話をしていたのだなあ。クメール若者からドイツ語まで教わりつくづく情けない。
 オーストラリア人と話をする機会があり、彼は人がよかったのでいろいろ話してくれた。しかしあまりにこちらの言葉が意味不明なので疲れていたようだ。
 ちなみに遺跡で物売りしている子供たちは言語能力が極めて高度で、小学生低学年ほどの少女たちがドイツ語、フランス語、英語、日本語を平気で操っていたりする。恐るべき観光地の子供。働きもしないで文句ばかり言う日本のクソガキも少しは見習ってほしい。アンコールワットでは僧侶ですら英語を話すし。

遺跡に来る日本人
 アンコールワットの遺跡群を歩いて痛感するのは、とにかく日本人の若い女性だらけだということだ。無防備な白い肌をさらし、さわやか旅行者ですといった感じで歩いている。うーん、久しぶりに日本人女性らしい女性を見たような。正直、ここまで日本人女性に人気があるとは思わなかった。
 貧乏旅行をしている女性は、それこそ全財産を身につけ、たくさんの国をまわるためになるべくケチって生活しているので視線がやけに鋭い。さらに日に焼けているのでまるで色気がないのだ。そんな女性たちと接して慣れてしまっていた私にとって、アンコールワットの日本人女性は衝撃的だった。現地人も食い入るように見ているぞ。
 アンコールワットを訪れる日本人は、たぶん金払いがいい。遺跡でせびってくる金の単位がドルなのでふざけんなと思うが、たぶん観光客は紙屑のようなリエルなど使わずドルを使っているのだろう。すると最低単位は1ドル。1ドル=約3950リエル。私が物乞いに100リエルを差しあげることなどかわいいものだ。
 それにしても、どうも遺跡に2人やグループで来る女性たち、ツアーの団体は苦手だ。彼女たちが「アンコールワット、やっぱり来てよかったね」とか「いいところだね」とかすがすがしく話しているのを聞くと悩んでしまう。ほんの2−3年ほど前までは、手や足がない物乞いやガキが大量にいたり物売りがすさまじかったりゴミだらけだったりして、けっこうキツい場所だったらしい。

そして遺跡
 有名すぎる世界遺産アンコールワット。欧米人、東洋人問わず観光客はやたらにいる。ここは東南アジア、しかも大乗と上座部という系統の違う仏教国ではあるが、やはり日本人にはなじみがある。
 それに比べて欧米人は仏教文化そのものが珍しいらしく、敬虔な態度で線香を捧げ、その姿をしきりに写真におさめている。おもしろいので一部始終を見ていたら、最後にやっぱり金をせびられていた。日本人はたぶん線香代が惜しいと思ってしまうだろう。
 日本人も当然ぼられる。暗がりにいた老婆がへんてこな石を指さしてなにか言っている。続いて「イド、イド」というのでついて行くと、懐中電灯で井戸を照らしてくれる。次はコウモリを照らしてコウモリという。なるほどとニコニコしていると老婆は金を要求してくるではないか。やられたと思ったが、たった3つの単語で金をせびる手口が巧妙だったのでありがたく100リエルを払わさせていただいた。水すら500リエルするけど。ちなみにガキのガイドは1ドルを要求してくるらしい。
 最も有名なアンコールワットはやはり人気があってたくさんの人たちがいる。しかしどうも妙なニオイがする。どうやら、もよおした人々が暗がりで放尿をしているようなのだ。アンコールワット内にはトイレなどなく、あっても有料だ。さらに、アンコールワットは重層構造になっているので、もよおしたからといって最深部からいちいち外部のトイレに行くのは面倒なのだろう。
 アンコールワットの中心部はかなり高さがあり、四方が見渡せて風通しもいい。まるで姫路城の天守閣の最上階にいるようないい気分だ。だからやたらと白人がたむろしていたり寝ていたりする。世界遺産の頂上でだらける白人たち……。つくづく異国に来たものである。

 だらける白人 高いところが好きらしい

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カンボジアからタイへ (カンボジア-4、タイ-3 01.7.19)

 これまで安易に飛行機で国境を越えてきた私。これからは陸路越えが中心になるので、その予行練習としてカンボジアからタイまで陸路で越えることにした。初めてのものはやはり難しい。そして2度めのタイ。少し濃いめの場所に向かってみた。

国境に巣くう悪人面
 タイボーダーへ行くミニバスは例によって白人を満載して出発した。のんびり走るミニバスはがたがたと揺れ、2−3時間走ったところでいきなりタイヤがバースト。プシューしゅるしゅるとかすごい音がして、初めは対向車に傷をつけられたかのと思ったくらいだ。タイヤを見ると溝などというものはもはや存在せず、すでにゴムが無くなって下が出ちゃっているし。これではパンクしない方がおかしい。
 ヒマになった我々乗客は木陰でのんびりと待つ。“一日一外人”の励行を心に誓った私はさっそく近くのニコニコ笑っている人の良さそうなビルゲイツ風の白人おじさんに声をかける。すると彼はオランダ人だった。例の単語羅列をニコニコ聞いてくれてありがたい限りだ。こちらもだんだん調子に乗り「キックボクシングは人気があるか」とか「ピーターアーツは知っているか」とか聞いてみると、彼は残念そうに知らないと答えた。本国ではあまりピーターアーツは有名でないようだ。
 カンボジアの国境の町ポイペットは西部劇の東洋版といった感じのぼろぼろで人があふれるうさんくさい街だ。イミグレの係員はまさしく悪徳代官的風貌で、よくもまあここまで悪人面の人間を採用できたなあと感心してしまうくらい。しかも奥には椅子にふんぞり返る上司までいて、絵に描いたような悪党ぶりだ。
 その悪代官風の前で私ともうひとりの日本人が並んでいると、さっそく現地人が横入りしてくる。我々は仕方ないなあと思っていると、すぐ後ろの白人がなにやら言って、両手を合わせて挨拶すると現地人はおとなしく引き下がった。さすが白人パワーである。
 ようやくスタンプを押してもらい、徒歩で国境を越える。島国の住民にとってこの徒歩での越境は感慨深い。今でこそ問題なく通過できるこの国境も、以前はワイロが飛び交うなかなか厳しい場所だったらしい。悪党役人も稼ぎが減って仏頂面なのだろう。
 対するタイ側国境の役人は人の良さそうな中年男性で、カンボジアと比べると地獄から天国へ向かっているような気分である。イミグレ付近には税関があるのだが、遊園地のチケット売場のような小屋で誰も見向きもしない。かくして無事にタイに入国した我々はがんがんにエアコンの利いた大型バスで舗装道路を快適に移動するのであった。
 2週間ぶりのカオサンロードは明らかに日本人が増えている。そろそろ大学生の休みのシーズンだろうか。部屋が見つかりにくくなっていて、見せてもらったシングルは窓もない独房のような部屋だ。何軒かまわってようやくあった部屋もやっぱり独房。もう夜だし疲れていたのでそこに決める。部屋は狭く、壁にはいたずら書きがしてある。確かに、こんな部屋に閉じこめられたら落書きでもしなけりゃやってられない。

不可解なタイ
 宿から20分ほど歩くとチャオプラヤーという大河が流れていて、そのほとりに公園がある。騒々しいバンコクにあってここだけは平和な空気が流れている。ヒマだったのでベンチに座ってしばしうたた寝する。周りでは家族連れやカップル、学生たちがさわやかに談笑している。実にいい雰囲気である。
 夕方6時きっかりになにやら放送が流れる。異様な空気に周りを見渡すといきなり公園にいる人間すべてが直立不動しているではないか。や、ヤバい、そう本能が知らせて立ち上がると、近くの白人も立つようにタイ人から促されている。1分弱その直立不動は続き、あとは何事もなかったかのように元の公園に戻った。近くにいた日本人風若者だけは、場の空気が読めずにずっと座っていた。
 さて、夕方この公園にいたことにはわけがある。6時からはじまる集団野外エアロビを見物するためだ。100人ほどのタイ人が公園に集まり、大音響で流れるテクノにあわせて一斉にエアロビをやる姿は衝撃的である。群衆の前にはインストラクターの怪しげな男性がいて、軽やかに踊っている。
 彼らは明らかに振りを覚えていて、途中一回の休憩をはさみ1時間15分ほど躊躇無くひたすら踊っていた。うら若い女性からおばさん、さらにはオヤジまでが股を開いて懸命に踊る。しかも無表情に、である。不気味なことに、このクソ暑いなか激しい運動をしているにもかかわらずあまり汗をかいていないのだった。
 さらによくわからないことには、タイ警察と思われる制服男がマイクの調整などサポートしているのだ。ひょっとしたら、タイ政府がエアロビを奨励しているのかもしれない。
 宿の日本語を話すタイ人に聞くと、夕方6時は国旗を降ろす時間で、国歌演奏のもとタイ人は全員直立しなければならないそうだ。しかしエアロビのことはわからないという。まったくもって不可解である。

違法コピーの聖地
 タイを訪れるパソコンマニアに有名な場所がある。パンティッププラザという電脳ショッピングセンターで、パソコン関連グッズを中心に、雑貨や小物の電化製品なども売られる、まるで秋葉原を一つのビルに凝縮したような感じの場所だ。巨大な建物の内部は小さく分割されて間貸ししており、小さなショップが所狭しと並んでいる。さらに大型量販店やメーカーの直販店(かサポートセンター)まで入っていて、まさにパソコン関連商品は何でも揃う。
 ここの目玉はなんといっても違法コピーソフト群だろう。パソコンのアプリからゲーム、DVD、VCD、音楽CD、さらには音楽CDをMP3に変換したものもあり、なんでもござれといった感じだ。秋葉原よりも心がときめく場所があるとは思わなかった。
 のんきに歩いているとさっそく声がかかる。なにやら「セクシームービー、セクシームービー」と言っている。タイ人がエッチなVCDを売りつけようとしているのだ。ジャケットのコピーがファイルしてあり、そこから選ぶらしい。めくってみると日本のDVDが多い。
 別の店では現物をストックしていて、店の中に入ってこいと言う。当然ひょいひょいついていくと、引き出しの奥から大事そうにブツを出してくる。現物をストックしておくのはいくらタイでもヤバいらしく、物色中はしきりに周りを見渡している。そのおどおどしている様子がやけに楽しい。
 歩いているとエロがらみでやたらに声がかかり、しかもタイでは珍しく腕を引っ張るなど皮膚接触してくるではないか。多くの日本人がここでエッチVCDを買っているのだろう。決め文句は「ノーセンサー」、無修正ということらしい。
 ここでは白人の姿もたくさん見かける。なんといっても彼らの目当ては違法コピーソフトだ。映画は英語だし、洋楽のコピーCDもたくさん売られている。AIやパールハーバーなどといった現在上映中の映画もさっそくパッケージになっている。ウィンドウズXPのベータ版も堂々と売られているぞ。
 私が物色していたのは邦楽のMP3データである。1枚のCD−Rにアルバム14枚分ものデータが入って100B(350円ほど)なのだ。ビートルズのCDなど、1枚のCD−Rに432曲もおさめられている。ばからしくてタイ人はまともなCDなど買わないだろう。最新の邦楽アルバム集を発見したので注文するが、たくさんあるコピーソフトショップの出所はすべて同じらしく、どこで聞いても在庫がないといわれる。
 くやしくなり、以前書いたマーブンクロンというショッピングセンターに行くと同じ形態の店があって、無事に入手できた。日本のヤバいブツを売る店と同様、どこか別の場所にストックしてあり、客が注文すると持ってきて手渡すシステムだ。引換証を見せると、その店員の女性はズボンの背中からブツを取り出して手渡した。そこまでヤバいのか。

最悪! 死体好きタイ人
 タイ人は死体が好きな民族である。なにせコンビニでぐちゃぐちゃの死体が掲載してある雑誌が売られ、テレビのニュースで堂々と死体を放映する国だ。
 さて、バンコクでヒマになった私が向かったのは、悪趣味な展示物が日本人に好評なシリラート病院の犯罪博物館・外科博物館である。道に迷いつつしばらく歩いてたどり着いたシリラート病院は、マンションのような建物が林立する超巨大病院だった。
 インフォメーションで「ミュージアム、ミュージアム」と言うとパンフレットをくれる。しかしやたらに病棟があってよくわからず、いろいろタイ人に聞き回ってようやくたどり着くことができた。ひとり病院スタッフの美人女性が道を教えてくれてたものの、流ちょうな英語で説明する相手がこの英語わからん私のため、かなり迷惑をかけてしまった。英語を話せないおじさんの方が、手振りで教えてくれるのでかえってよくわかったりする。ここに来る日本人はかなり多いらしく、漢字の看板まで取り付けてしまう始末だ。
 さてこの博物館、なぜ有名かというと、ホルマリン漬けの死体がごろごろ転がっている死体博物館だからである。カンボジアの博物館は背筋が寒くなる博物館だが、こちらは気分が悪くなる博物館だった。つくづくろくな博物館がないものである。展示物には胎児の死体が多く、本場のシャム双生児の死体もたくさん見られる。ふと横を見たら大人の男性の死体がなにげなく横たわっていたりと心臓に悪い。
 たぶん犯罪博物館(博物館は何ヶ所かに点在している)には、凶悪殺人者のミイラが展示してある。この国では重大犯罪者には人権などないのだろう。さらに壁には生々しい死体の写真が飾ってあったりする。つくづくこういう不気味な写真は見るものではないと思うのだが、なぜか見物人はタイ人のカップルや中学生くらいの学生たちが多く、グログロの死体写真も楽しそうに見ていたりする。まあ、デートコースに寄生虫の博物館を入れる国もあるのだから似たようなものかもしれない。本物の人骨標本には「触るな」と注意書きがしてあった。誰がそんなものに触るか。

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青春を謳歌する白人オヤジ (タイ-4 01.7.24)

 インド行きのフライト待ちですることがない私。ヒマなので歓楽街にも手を出し始める。そこはなんというか、けっこう激しい雰囲気の場所らしいのだった。

バンコク最大の歓楽街潜入
 実は一回目のバンコク滞在の時、バンコクの歌舞伎町とも称される最大の歓楽街パッポンに行っていた。今回、ナナプラザとソイカウボーイも訪問し、3大歓楽街をすべて制覇したことになる。しかもすべて真っ昼間。全く意味がないと言われてもかまわない。どうもああいう雰囲気は苦手でして。
 パッポンは観光客ずれしているということで最近は敬遠される傾向にあるらしい。基本的には夜の町なので昼間は閑散としていた。逆にナナプラザとソイカウボーイは昼間もタイ女性と白人がうろうろしている。おもしろいほどタイ女性と白人オヤジのカップルが多く、昼間から散歩したりオープンバーのような場所で酒を飲んでいるのだった。

ようこそパタヤビーチへ!
 そしてさらにヒマになった私はバンコクから近い観光地を物色し、なにかと話題のパタヤに行くことにした。デラックスバスに乗りバンコクから3時間ほどでパタヤのはずれに到着。見知らぬ場所にいきなり降ろされた私は途方に暮れつつ、重いバックパックを担ぎひとりとぼとぼと道を歩き始める。しかしさすがはタイの観光地、道ばたで物を売るおばさんですら英語を理解するので容易にコミュニケーションを取ることができた。もっとも、我々が使った単語はチープホテルとビーチのみだけど。
 クソ暑い日差しの中、タクシー代をケチってでかい荷物を担いで歩く人間など他には誰もいない。どちらがビーチなのか、そもそもここは本当にパタヤなのかすらよくわからない。ひたすら歩くとツーリストポリスがあった。スタッフはフレンドリーで、手頃な安宿を紹介してもらい、地図までもらってしまった。「私の名前を日本語で書いてくれ」と頼まれたりして現地の人とも触れあえたし。
 パタヤの町は、さながら退廃的になった熱海という感じだ。ホテルが建ち並び、おみやげ屋やレストランが軒を連ねている。違うのは、バンコクの歓楽街のようなオープンバーがあちこちにあって、日本でいうと場末のスナックのママのようなケバいタイ美人が大量にカウンター内に立っていることだ。いわば、町全体がソイカウボーイみたいなものである。
 町中ではたくさんの白人オヤジがタイ美人を引き連れてうろうろしていたり、昼間からバーでお酒を飲んでいたりする。彼らは本当に恋人とデートしているような気の使いようで、黒い部分があるにしろなんとなくほほえましい。白人オヤジたちが失われた青春を再び味わっているかのようだ。
 肝心のビーチは、お世辞にもきれいとは言えないような。もちろん、三浦海岸よりはきれいだ。ビーチなのに浜辺で甲羅干しをしている人や泳いでいる人など皆無に等しい。ビーチ沿いにびっしりと並んだビーチチェアは客が少なく閑散としているのがもの悲しい。ここにカップルで来ることはあまりおすすめできない。することがないぞ。

デジャブ? パタヤで我が姿を見る
 さて、いまいちリゾートらしくないパタヤ。わざわざこんな場所に来る人間はどんな奴らかというと、タイ美人が目当ての中年白人以外に、中国人の団体観光客がやたら多いのだ。彼らは大型観光バスで乗りつけ、きれいなホテルに泊まり、パタヤの観光スポットを巡っておみやげを買いあさるのだった。どこでも集団行動で、たまに胸にバッジをつけていたりする。
 夜、ビーチを歩いていると大量の大型バスが停まっていて、団体観光客がどこかへ続々と向かっていく。よく見ると、沖合に水上レストランがあって、そこに向かっているではないか。この光景、見覚えがある……。
 そう、私が一度だけ行ったことがある香港では、まさに大型バスで団体行動し、水上レストランで食事をしたのだ。私も以前はこの人たちと同じようなことをしていたのであった。

パタヤの楽しみ方
 いちおうマリンリゾート風の体裁を整えているここパタヤ。観光の目玉はもちろんビーチだ。1時間借りても一日借りても同じ値段という理解不能のビーチチェアに座り、ぼおっと浜を見つめる私。ボートに引っ張ってもらうパラグライダー、バナナボート、水上バイクなどを楽しむ人々を眺める。バナナボートは、構造上の問題なのかタイ人の陰謀なのか、ターンするときに必ずひっくり返っていた。他にも中国人を満載したモーターボートが海上をとばしていたりする。白人オヤジたちはパラソルの下にいるよりも日光を浴びている方がいいらしく、クソ暑い中わざわざ椅子を日なたに引き出して寝そべっていたりするのだからよくわからない。
 ここはレンタルバイクもたくさんあって、タイでは珍しい大排気量のバイクが貸し出されている。バイク好きな白人は例によってそれら超高性能バイクを借り、ノーヘルサングラスで町中をものすごい速度で走り回ってみたり、アメリカンバイクの後ろにタイ美人を乗せて得意げに走っていたりする。うーん、映画でしか見たことがないような光景だ……。
 ちなみにバイクはなぜかCBR400RRがやたら多く、海外仕様なのかタイ人気質なのか、日本では見かけないド派手なカラーリングが施されていたりする。他にはCBR900RR、R1、スティード、V−MAXなども多くみかける。海外免許証を持ってくればよかった。

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