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さわやか旅行記 ヨーロッパ ユーロラインパスの旅 1


 暗い空と寒い風 (オーストリア、ドイツ、チェコ 01.10.29)
 やりたい放題の合法的楽園 (ベルギー、オランダ、ドイツ 01.10.29)
 壁の町の今 (ドイツ・オーストリア・ハンガリー 01.11.7)
 アウシュビッツ強制収容所 (ポーランド 01.11.10)
 ワインの里 (ルクセンブルク、ドイツ他 01.11.19)


ユース


暗い空と寒い風 (オーストリア、ドイツ、チェコ 01.10.29)

 ユーロラインパスというバス乗り放題チケットを入手した。鉄道乗り放題に比べて格安なのだが、基本的には首都などの大都市を国際間移動する場合にしか使えない。ということでヨーロッパの国々を股に掛け、大胆なルートで移動することになる。ユーレイルパスを使っている人のように国をひとつひとつ回るという感じはなく、頻繁に国境を越えながら大ざっぱに巡り歩くことになりそうだ。それにしても寒い。

文化的日々
 ユーロラインパスを使って移動する最初の都市はウィーンだ。かのモーツァルトやベートーベンゆかりの音楽の都である。かの有名なハプスブルク家の本拠地だったというウィーン。当ホームページに似合わず文化の香りがする町に来てしまったものだ。
 訪れるところもそういった文化的なスポットばかりだ。噂に名高いウィーンに来てすっかりミーハーになった私はメジャーどころばかり行っている。永世中立国オーストリアにとって観光は重要な産業らしく、とにかくやたら金を取られ、しかもけっこう高い。宿代や食事代をはるかにしのぐ金額が観光地を訪れるために消えていく。でも見ざるを得ないほど有名どころばかりだ。夜は夜でオペラを2回も見てしまった。タイトルが「蝶々夫人」と「椿姫」である。それぐらいしかオペラの題名を知らない日本人にとって、この二大タイトルが揃ってしまったら見に行かなければならないだろう。さすがオーストリア、心憎い演出だ。
 高い金を払って美術館にも入ってみる。ブリューゲルという画家がいて有名だということを初めて知ったという情けなさだ。どこかで見たことがある絵だったのでなかなか楽しめた。
 西側に入ったことで物価は急上昇。文化的日々のしわ寄せでマクドナルドばかり行っている。ユースホステルは昼間の出入りができないので、机とトイレが使えるマクドナルドは貴重な存在だ。まるで高校生のような気分である。ここウィーンで食べたビックマックは温めすぎでレタスがドライフラワー化しているし、パンもかちかち。今まで食べた中で最低のハンバーガーだった。ハンバーガーを食べていると、突然隣の4人組がお祈りを始める。ハンバーガーを食べる前にお祈りする人を見たのはさすがに初めてだ。

昼間からほろ酔い気分
 ウィーンの次は隣のドイツ、ミュンヘンに行くことにする。大学の第二外国語でドイツ語を選んだ私だ。ウィーンからようやく“ダンケ”が使える文化圏に入ったのでちょっとうれしい。今度はドイツ語の本拠地だ。
 オーストリアのきれいな風景の中バスは進む。ウィーンからミュンヘンは割と近い。バスは町の中心に着くかと思いきや、どこだかまるでわからないへんぴな場所のバスターミナルに着くではないか。しかも国際バスの発着所にもかかわらず両替所やATMのたぐいが全くない。駅員や売店、バス会社の人間に聞いても知らんという。つ、冷たい……。市内まで歩けというのかこのクソ重い荷物を持って。もちろん第二外国語で学習したドイツ語など一言も浮かんでこない。交渉も難しい。
 結局、一緒のバスに乗っていたオーストラリアおじさんの提案で、ドル払いで地下鉄のチケットを売ってもらった。おじさん旅慣れているのか人生経験が深いのか、あわてず騒がずドル払いしていた。旅は焦ってもはじまらないのだ。
 バスターミナルの休憩所でいきなり昼間からビールを飲んでいる人がいる。ここミュンヘンはビールで有名な町なのだった。さっそくロンリープラネット(英語のガイドブック。ロンプラと略す)に載っていたビアホールへ。ドイツといったらビアホール、そして巨大なウィンナーを食いながら隣りの人間と肩を組み、大ジョッキで歌いながらビールを飲む、そんなイメージを抱いていた。しかしそんなことはなかった。
 昼間からビールを飲んでいるのは変わらないが、誰もウィンナーなど食っていないぞ。周りを見渡すとビールだけ飲んでいて、つまみを頼んでいる人は少数派だった。さすがはビールの町だ。昼間からビールを飲んでいてもそれが当たり前なんていい国じゃないか。出入口にアルコールチェックの機械が置いてあったりする。
 ミュンヘンでもミーハーになり、あのBMWの本社に行ってみた。広い敷地に工場があり、その脇に本社と思われるビルが建っている。博物館も併設されているのだが、金を取るので入らなかった。世界的に有名なBMW、その本社の周りに停まっている車でBMWは少数派だった。

絵画のような町
 それにしてもヨーロッパはどこに行っても天気が悪い。ウィーンでも曇りが多かったし、ミュンヘンは雨が降った。これまでどの町も、夜行バスで入ると町にひとけがなく暗く、天気も悪くて寒いというもの悲しい旅情をたっぷり味ってきた。ミュンヘンの次プラハも同様、早朝に到着したからかまだ辺りは真っ暗、雨が降りそうでやけに寒々しい。ようやく宿を見つけて荷物を置き、中心地に繰り出す。すると雨がぱらつく。風が冷たいなあ。ヨーロッパはとにかく寂しくなる。
 時間が経って中心地に行くと観光客が増えてくる。ここもかなり有名な観光地なのだ。観光客がいると少し安心する。それほどまでに朝はひとけがなかった。町は本当に絵のようで、階段や家などちょっとしたところがとてもきれいだ。こんなところに住んでいれば確かに芸術的なことをしたくなる。
 チェコのビールはとてもおいしいと聞いていたのでここでも昼間からビールだ。ビアホールのようなところではサラリーマン風の男性がビールを飲んでいたりする。さすがはピルスナービールを生んだ国だ。ドイツに続き、ビール好きにはたまらない国だろう。
 プラハはとてもきれいな町なのだが、なんとなく自分にはきれいすぎるような。中世の町並みが残っているという地区は、ほとんどがおみやげ屋かレストラン、カフェだ。かなり観光地化されているように見えてしまい、少し興ざめしてしまった。プラハ最大の観光地プラハ城はさすがにすばらしかった。ここを守る衛兵は勤務中、笑かそうとする観光客にもめげず表情ひとつ変えない。

 プラハ城の衛兵 ヒマな観光客が妨害工作を仕掛ける

 それにしてもプラハは、なぜかバックパックを背負っている人が多い。バックパッカーがそんなに多いとも思えない。大きな荷物を背負って歩くのがはやっているのかそれとも必要に駆られているのか。勝手に想像するに、ボヘミアンな放浪魂が移動心をかき立てるのだろう。ボヘミアンが放浪に関係があるかは不明なのだが。ここではバックパックを担いでうろうろしていても目立たないのでいい。
 チェコ人の気質なのか、ここの機械はなんとなく豪快だ。まずエスカレーター、こいつがやたら早く、日本の1.5倍はあろうかというハイスピードでぐんぐんと人々を運ぶ。こんなに早くて老人などは大丈夫なのだろうか。自動で水が出る蛇口と、手を乾かす機械はともになかなか止まらない。ひょっとして永遠に出続けるのではないかと不安になるほど長い間出ている。宿のシャワーもボタンを押したらお湯が出る仕組みなのだが、やたらに長い。
 一都市の滞在期間が短いので、観光地ばかり巡っている。すると同じようなヨーロッパの町しか見えてこない。ヨーロッパは皆同じといろいろな人が言っていた。それではヨーロッパに来た意味がない。もう少し都市を自分なりに消化したいところだ。

 装甲車 なぜか市街地に展開する装甲車


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やりたい放題の合法的楽園 (ベルギー、オランダ、ドイツ 01.10.29)

 ヨーロッパといってもいろいろな国がある。国境を越えただけで違う法律が適用され別の習慣が現れる。いよいよウワサに名高いあの国に入る。

冷たい……
 アジアから来た旅人がまずヨーロッパに入って感じることは人の冷たさだという。もちろんヨーロッパ人が血も涙もない冷血人間ということではなく、アジア圏とは違う人との接し方に慣れないのかもしれないし、アジアの旅で感覚がずれているのかもしれない。見ず知らずの人がいきなり声をかけてくるような、非日常的なアジアの旅を日常と感じてしまい、ヨーロッパの“普通の社会”が普通に感じられなくなってしまっているのかもしれない。個人的な感情やタイミングもあるので、簡単に善し悪しを決めつけてしまうのはよくないことだろう。
 それにしてもベルギーのブリュッセルは自分に合わなかった。すべてにおいて合わず、無駄足を踏み、いつでもいらだっていたような気がする。
 バスターミナルに着いてまずバスチケットを予約しようとバス会社のオフィスに行くと、まだ時間ではないと取り合ってくれない。ATMの場所を聞くとよく説明がわからず、重い荷物を背負ったまま町を歩き回る。ようやく探し当てて金をおろし、駅に戻る。朝食を取りたいがハンバーガー屋は閉まっている。ピザ屋で焼きすぎて焦げたピザを食べる。時間になってバス会社のオフィスに行き、ベルリン行きのバスチケットを予約するといっぱいだと言われる。その次の日もいっぱい。途方に暮れ、別の都市を探し、再び聞くとやはりいっぱいだという。休日だから混んでいるというのだが、その次の日は月曜日ではないか。しかもこちらが困って日本語で文句を言うとスタッフ同士でゲラゲラ笑い出すし、にらみつけても知らん振りしている。
 宿を探しにひたすら歩く。荷物が重い。歩道を歩いていると歩道がなくなったりと、とにかくついていない。ようやくたどり着いたと思ったら一番安い部屋は埋まっている。仕方なく別の宿へ。ようやく見つけて中に入る。しかしスタッフがいない。しばらく待っていると若い女性が出てくる。「あなたはスタッフか」と聞いても通じないし、部屋は高いところしか残っていない。最後の手段と思って観光案内所へ行く。それは町の中心で、たくさんの観光客であふれている。そんな中を私ひとり重い荷物を背負って歩いている。案内所で紹介してもらったのは2番目に行った宿だった。もうあそこには行きたくないので一番最初の宿へ行くことにした。
 バスの予約も思うようにいかない。幸いにしてこのバス会社はブリュッセルが本社で、オフィスが3つもある。そこで2つめにいくとあっさりと閉まっている。日曜日に到着したのが悪かった。ヨーロッパは日曜日にはほとんどの店が閉まり、まるで身動きがとれない。
 その後もタイミングの悪いことばかり。ヨーロッパのマクドナルドではカードが使えると聞いていたので、持ち金に乏しい私はカードを出した。すると「ここでは使えない」と突っぱねられる。マクドナルドですらだめなのか。これだけ印象の悪い国も珍しい。
 ブリュッセルの見所はただひとつ。小便小僧だ。小さくてがっかりするとよく言われるがそんなことはない。なかなかかわいいものだ。その隣りのみやげ物屋では、ショーウィンドウの中で小便小僧が3人、ぐるぐる回っていておもしろい。ついでに小便少女も見てきた。こちらはまるで観光客がいなかった。

小便少女 コメントしようがない


退廃的な町
 もう一日たりともブリュッセルにいたくなかった私は比較的便がいいアムステルダムに移動する。いろいろと物議を醸す法律を作るあのオランダだ。特にアムステルダムはなにかと有名なので私も楽しみだ。バスターミナルはまいどおなじみの町外れ。あわてず騒がずオランダギルダーを手に入れようと歩き回り、両替屋を発見する。ロンプラには学生証を見せれば手数料がタダと書いてあったのに、いざ出してみると通用しなかった。情報が古すぎる。
 泊まったホステルは入ったところにいきなり雑魚寝スペースのようなところがあってよどんだ表情の若者たちがたむろしている。あちこちに荷物が転がって人が座っていたりして、インドの宿よりさらに退廃的だ。たまたまこの日は部屋が工事かなにかで入れず、共用スペースに人があふれていたらしい。それにしても胡散臭い。たまたま出会った日本人に聞くとここはマリファナを吸う人が集まる有名な宿ということだった。さっそく翌日に宿を替えた。
 次の宿は飾り窓に近く、あまり治安の良さそうな場所ではない。しかしクリスチャンのホステルだということで少し安心する。チェックインの時に聖書のパンフレットを渡す決まりらしいが、文字の区別がつかないらしく韓国語と中国語を出してきた。チェックインして中を見ているといきなり警官が入ってきて、トイレを叩いて「開けろ」と叫んでいる。警官が出ていったあとで若いヤバそうな白人が「ファッキンポリス」とか言っている。まるで映画のような光景だ。結局何が起こったのかよくわからなかったが、かなり危ない宿には変わりないようだ。さすがはアムステルダム、ホステルすらデンジャラスだ。
 表面上は初日の宿より静か、和気あいあいと楽しんでいた初日の宿と違い、ひとりでぼおっと座っていたり、孤独にラジオをひたすら聴いていたりする。しかしそれがかえって不気味。少し規格外れの人々が集まる宿らしい。人の雰囲気は初日の宿の方がマシだったような気がするくらいだ。初日の宿は若者が多く、まだまだ青さを感じるのだが、こちらはそういうところを通り越してしまったような人々が多い。なんとなく出稼ぎ者の拠点となっているような。値段が安いだけに怪しい人々も集まってくるようだ。
 町を歩いているとそこかしこにコーヒーショップやセックスショップがある。コーヒーショップはマリファナなどが吸える店で、かなり雰囲気が怪しい。セックスショップはいわゆる大人のおもちゃを販売していて、ショーウィンドウに飾られた電動こ○しをカップルが楽しそうに見ていたりする。こちらはそれほど怪しい印象はない。町を歩いていると、すれ違いざまにパキスタンのフンザでかいだことのあるニオイがしてくることが多い。歩きながら気持ちのよくなる葉っぱを吸っているらしい。危ない町だ……。

アムステルダムでアレを体験
 アムステルダムというと有名なのが、いわずとしれたハイネケンだ。ということでハイネケン工場見学をする。名前は“ハイネケンエクスペリエンス”、ハイネケン体験という意味らしい。現役の工場かと思いきや工場跡地で、ハイネケンをいろいろな角度から体験できるという施設だ。

 ハイネケンの工場跡地 あんがい外見も渋い

 しかしここのウリはビールの試飲であって展示物ではない。見学者も早くビールが飲みたくて展示物など適当に見ている。さすがオランダのハイネケンだけあってそのあたりも心得ていて、展示物の方も適当に作ってあり、なにも考えずに見られるのがありがたいもののビールはまだか。これのどこがビールと関係あるのかとつっこみたくなるような展示物の数々が、ビールに飢えた見学者の行く手を阻むのだった。
 さて、歩いていると係員がいて部屋に案内する。そこは前方にスクリーンがあって、観客は手すりに掴まって待っている。しばらくすると映像がはじまった。なにかと思ったらビールの瓶の視点で、洗浄から瓶詰め、出荷までの過程をリアルに体験できるというアトラクションなのだった。おまけにシートが動き、まるでディズニーランドのアトラクションだ。たかがビールなのにやたら大げさな効果音と映像に観客は笑いっぱなし。最後の箱詰めのところではシートが前後に揺れて妙な具合だ。さすがオランダのハイネケンである。
 アトラクションが終わるといよいよビールだ。真っ昼間の空きっ腹に飲むビールはなかなか爽快。ここで出会った日本人はかなりまわりが早く、にこにこしながら飲んでいた。こっちも酔っぱらってきてもうどうでもよくなっている。あとの展示もオランダ的に大したことなく、軽く流して見られる。これが日本の企業だったら、堅苦しくくどくどと企業の歴史や製造過程の詳細な説明や展示物があり、ようやく最後にビールが飲めるという感じになるだろう。なんでもノリが肝心、それがハイネケン体験だ。
 最後に再びバーがあり、2杯ビールが飲める。もちろん真っ昼間から3杯すべて飲み干した。その日のしょっぱながハイネケン体験で昼なのにもう酔っぱらっている。オランダまで来て自分はいったい何をしているのだろうか。出るときにおみやげまでくれて至れり尽くせりだ。おみやげは缶に入ったハイネケングラス。とてもうれしいが、またしても荷物が増えたことに苦悩している。

見所満載アムステルダム
 やはり有名なのは飾り窓だ。多少のスケベ心とともに飾り窓周辺を散策してみることにする。ショーウィンドウのようなきれいな建物はさすがにヨーロッパ。しかし中では、すみませんと謝ってしまいそうなくらい迫力あるケバい女性たちが下着姿でたばこを吸っている。こ、これは恐ろしい……。観光地なので観光客がたくさんいて、なぜか中国人は男女含め団体で訪れている。カップルの姿もよく見かけるが彼らはオランダ人なのかそれとも他の国から来た観光客なのか。にぎやかな場所であった。
 ゴッホ美術館にも行ってみた。オランダは学割が利かないという悲しむべき国なので、ここも高い入場料を払う。せっかく入手したニセ学生証の出番がないではないか。超メジャーな絵はあらかた海外にあるようで、少し物足りなかった。
 そしてアムステルダムはアンネフランクが住んでいた場所でもあるのだ。アムステルダムに来てその事実に気づいた私は夕方に訪れてみる。ハイネケンで出会った日本人が、その日の締めくくりとして行った方がいいというからだ。感動的な展示物の数々に私もしんみりしてしまい、出口で思わずアンネの日記を買いそうになってしまった。

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壁の町の今 (ドイツ・オーストリア・ハンガリー 01.11.7)

 ドイツの中で最も活力を感じる町ベルリン。今回の旅でかなり楽しみにしていた町にようやくたどり着いた。壁を壊したあのパワーはうちに秘められているのか、表面上は静かな都市だ。しかし今後、最もエキサイティングな町になることは間違いない。

楽園から現実へ
 アムステルダムからベルリンへのバスは平穏そのもの、運転手のおじさんは理解不能のドイツ語で愛想よく話してくる。こちらも安心しきってのうのうと乗っているといきなりバスが駐車場で止まった。なにがはじまるのかと思ったら警官が乗ってくるではないか。そうだった。あの無法都市から来ていたことをころっと忘れていた。知っている人なら警戒するだろうが、なにも知らずにアムスでブツを仕入れて運んでいる人はさぞかしあせることだろう。
 パスポートをチェックされている間に荷物がすべて出される。イランではごく当たり前の光景だったのでこちらも慣れたものだが、犬が出てきたときはさすがに驚いた。あれが噂に聞く麻薬犬なのか。犬はひとつひとつのニオイをかぎ、とある荷物だけかみついたりしている。まさかブツの所有者なのか。中を開けても結局なにも出てこなかった。あんがい犬もいい加減だ。
 続いてバスから乗客が降ろされ、犬まで動員して座席のチェックがはじまる。いままで経験したことがないくらいかなり念入りに調べている。これは本格的だ。ただし乗客はみな心得ているようでなにも出なかった。
 問題はこのあとのパスポートコントロールだった。黒人おばさんのパスポートに問題があったようで、警官が降りてくれと言う。するとおばさんはなにが問題なのか、自分はハノーヴァまで行かなければならないとまくし立てる。あまりにおばさんが騒ぐのでついに手錠をかけられてしまった。泣きながら連行される姿は見ていて寂しい。バスは即座に立ち去る。日本のパスポートの良さを感じると同時に、現実の厳しさをも見せつけられるのだった。
 警察のチェックがあった影響でベルリンに着いたのはもう夜だ。しかもいつものように町のはずれでおろされた。ロンプラに“エクセレント”とコメントしてある宿に行ってみるとそんなものはない。同じようにロンプラを持った白人女性も探し回っていた。あとでこの宿は移転していることを知る。
 ブリュッセルでさんざんいじめられて鍛えられてきた私はあわてず騒がず、アムスで仕入れた情報を元に別の宿に移動する。もう9時近い。ようやくたどり着いた宿ではフルだと言われる。本当にオフシーズンなのか? 別の宿に予約を入れてもらい、地下鉄に乗ったり歩いたりして発見する。部屋に着いたときは疲れ果てた。
 この宿で珍しく日本人に会ってベルリンのことを聞いたりする。話がおもしろくてビールを飲みながら夜3時まで話していた。
 翌日になってもう一晩泊まりたいと言うと、あっさり「部屋はない」と断られる。仕方なく別の宿を探してチェックインし、ようやく落ち着いた。オフシーズンという言葉などベルリンにはないのか。あとで聞くと、その直前にハロウィンがあったらしく、たぶんその影響で混んでいたのだろう。週が明けたら宿は貸し切り状態のガラガラとなった。

壁にたたずむ
 ベルリンの壁が崩壊して10年以上が経過し、壁はほとんど撤去されてしまっている。わずかに壁が残された場所は観光名所になっていて、多くの人が訪れている。撤去した壁はおみやげになって日本人などが買っていくようだ。もちろん私も買ってしまった。どこかに壁が大量にストックされているのか、それとも新規に量産されているのかは不明だ。
 最初に行ったのは宿からすぐ近く、一番長い壁が残されている場所だ。壁には絵が描かれていて、その絵のおかげで壁が保存されているという。はずれの方におみやげ屋があって壁のかけらを売っていた。そこから見える橋が国境のチェックポイントだったという。向こう側が西ベルリンだったのだ。
 次に行ったのは、壁をそのままの形で保存してあるという場所。壁の一部分を鉄の壁で封鎖し、中に入れないようになっている。保存するのはいいが中がほとんど見られないのは意味がないような。東側の壁の隙間から覗けばわずかに中が見える。東ドイツ人の気分も味わえるなかなか意味深い場所だった。

 壁のすき間 撮影は失敗した

 その向かいには博物館があり、壁のことが少しわかる。ドイツ語がほとんど、たまに英語があるくらいなのでニュアンスくらいしかわからないのだが。
 最後はチェックポイントチャーリー。ここにも博物館があって、それほど広くない場所にぎっしりと観光客が詰まっていて身動きも取れないほどだ。なぜこんなに人がいるんだ? あまりの人の多さにいい加減に流して見た。ここはアメリカの検問所だったらしいのだが、なにがチャーリーなのかついにわからなかった。

東側と西側
 東と西に分断されていたベルリンは、今でも微妙に違いがある。東側はなんとなくだだっ広く、ひとけが少ないという印象がある。夜歩くと薄暗いのだ。東ベルリン一の繁華街ミッテもなんとなくさえない。対する西側の繁華街ツオーは日本の渋谷のようなにぎわいだ。

 クマ 町中に配備された謎のクマ

 その代わりに東ベルリン側の混沌とした空気が若い世代の人々を引きつけるようで、東側に多い安宿に人々が集まってくる。ベルリンで今もっともクールなスポットと言われているらしい場所に行ってみると、廃墟みたいなビルにカフェや映画館、アーティスト向けのスペースなどがある。無法地帯というか、なんの規制もなく自由にやれるというのが人気なのだろう。ヨーロッパで若者が集まるのは、アムステルダムは別にして、ブタペスト、プラハ、東ベルリンなど東側の都市ばかりだ。
 東西の境界となっていたブランデンブルグ門を見に行くとどうも様子がおかしい。なんか不自然に安っぽい眺めなのである。実は現在工事中で、その上に門の絵を描いたカバーが掛けられていたのだった。せめて雰囲気だけでも味わってもらおうとのドイツ人の粋な計らいであろう。

 ブランデンブルグ門 ここまで来て絵とは悲しい。

 それにしても、東京や大阪など、日本の大都市のように若い人が集中する場所がヨーロッパではなかなか見つからない。ひょっとして、東京はヨーロッパを凌駕する異常な過密都市なのだろうか。

移動開始
 そろそろ乗り放題バスの狂った移動に拍車がかかってきた。これまで訪問した都市で日本語が打てる環境を発見できなかった私はメールを打つためだけにベルリンからブタペストに移動することにする。しかしいざバスに乗り込む段階になると、日本人だということで乗車を拒否される。バスがスロバキアを通るというのだ。ヨーロッパで唯一ビザがいる国がこんなところで鬼門になるとは。ひっかかっているのは自分だけだった。日本のパスポート、使えないじゃん。バス会社に文句を言うとチケットを替えてくれたものの手数料を徴収された。責任はバス会社にはないというのだ。窓口に文句を言っていると対応は冷たいし客もいらいらと待っている。黒人おばさんの気持ちが少し分かった。
 その日の夜にウィーン行きのバスに乗る。ウィーンまで行ったらそこでまた交渉してくれというのだ。バスの入り口で再び国籍チェックがあり、黒人男性が乗れなかった。今度はチェコを通るので、チェコビザが必要な国の人は乗れないらしい。途方に暮れる黒人男性と、こちらに責任はないとばかりにドイツ語だけで説明するバス会社のスタッフ。両方わかる若者が通訳したりしていたが誰もどうすることもできない。自分の場合はパスで移動しているので時間がかかるものの経由すれば済むことだ。しかしなけなしの金で移動している人たちにとってこの対応は冷たすぎる。ヨーロッパ人以外はバスでの移動に用心しなければならない。
 夜中にチェコ入国で起こされ、さらに出国でまた起こされる。バスが窮屈なこともあってほとんど寝られなかった。それならドイツ国内を通過してオーストリアに入った方が乗客のためになると思うのに。
 ウィーンには無料で日本語が打てる環境があり、久しぶりにメールチェックする。久しく連絡を取っていなかったので家族にはついに遭難したと思われていたかもしれない。ふと、アウシュビッツ収容所に近いクラコフという町にも行けることがわかり、さっそくチケットを確保しようと窓口に行く。念のためにスロバキアを通るかと聞くとばっちり通るではないか。またスロバキアか。地図で見るとかすめるだけかと思っていたのに。文句を言うと翌日のバスがチェコ経由だという。
 ウィーンは物価が高いので、すぐ近くのブタペストに移動して一泊することにする。バスパスがあれば一夜の宿のために国境を越えられるのだ。ここなら日本人宿があるので堂々とパソコンを取り出せる。キラーイ温泉だけしか行かずに未消化だったブタペストの温泉も、ようやくまともなセイチェニという温泉に行くことができた。温泉の中でチェスをやっていたりする、あの有名な温泉だ。ホモ温泉だけしか行かなかったとなるとなにかと怪しまれるのでよかったよかった。
 翌日再びウィーンへ。ハンガリーとの国境で、自分のすぐ前に乗っていた男性が降ろされた。出国時に引っかかったのでビザが切れていたのだろうか。冷たくバスは走り去る。ヨーロッパに入っても国境越えは緊張する。

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アウシュビッツ強制収容所 (ポーランド 01.11.10)

 アンネフランクの家でやけに感動した私はついにアウシュビッツへ行くことを思い立つ。世界的に有名なこの場所は観光地であるにもかかわらず、きつい現実が重くのしかかってくる。

最悪のバス移動
 ベルリンで運命的に再会をしたインドからの知り合いが、「アウシュビッツは行った方がい」と言う。彼はベルリンの前にアウシュビッツとその観光拠点の町クラコフに行っていて、興奮がまだ冷めていないようだった。クラコフでシティバンクのカードを盗られたにもかかわらずいい町だという。時刻表を見ていたらクラコフ行きのバスがあるではないか。彼はアムステルダムのアンネフランクに行き、私はクラコフに行くことになった。しかしその道はやたら険しかった。
 ウィーンを夜9時に出発したバスには珍しく添乗員が乗っている。なにやら説明するのだが何語かすらわからない。しかもやたら早口だ。あとで知ることになるが、このバスの乗客はほとんどがポーランド人だったようだ。オーストリアの国境で全員バスを降ろされて係員のいる部屋に行かされる。バスパスを使って旅をしてから、入国手続きでバスを降ろされたのは初めてだ。やたら厳しくパスポートをチェックしている。ひょっとしてスロバキアに来てしまったのかと焦ったくらいだ。ヨーロッパの国境はアジアのようにど派手な国旗があったり某指導者の顔がでかでかと書かれていたりということはあまりない。国の名前すら書いていないので、今どこの国境にいるのかほとんどわからない。
 トイレ休憩があったものの、男性トイレはなぜか鍵がかかっている。男性陣は方々に散って放尿を始める。バス休憩の立ちションなんてパキスタン以来ではないか。夜中にもう一回国境があり、今度は自分一人のパスポートだけバスの外に持って行かれる。どうやらポーランドの国境のようだ。
 ほどなくして反対側の女性がバスを降りる。夜行バスでは、横になって寝るため通路をまたいで向こう側の座席に足を伸ばしている人が多い。自分もそうしようと足を伸ばすと、座席がぬれている。う、なんだこれは。まさかバスのトイレが使えないからもらしたとか。暗い中で見るとなにやら色が付いた液体が靴下に染み込んでいる。
 バスは予定より2時間30分も早い早朝4時半にクラコフに着いてしまう。ここまで来るとなんのための予定なのかまるでわからない。そんなに早く着くならもっと休憩を入れてほしいものだ。電気がつけられ乗客が降り始める。ふと足を見るとべっとりと血がついているではないか。こ、これは生々しい。女性の月のものがはじまってしまったらしい。こうして大切な軍足が最後の一足となってしまった。なぜ軍足だけこんなに減りが早いのか。
 外に出ればもちろん周囲は真っ暗。若干人が歩いているのがせめてもの救いだ。それにしても寒い。バスターミナルといっても野外だし、どこでもすぐ見つかるユーロラインオフィスが見あたらない。隣りに鉄道の駅があるので中に入ろうとするが、夜中は閉まっている。近くのATMはオフラインになっているし、まったく途方に暮れてしまう。
 時間は腐るほどあるのでロンプラに載っているよさそうな宿に行ってみる。通常ならバスで行くところなのでとにかく遠い。いつものように重い荷物を呪う。ATMは何カ所かあるがみんな未稼働。ようやく動いているATMを見つけて金をおろす。現地通貨を持つと本当にほっとする。結局宿が見つからなかったので、また駅の方に戻り、今度は駅から近いという宿に行ってみる。フロントに人がいるのでしめたと入ってみる。するとロンプラの情報はここでも古く、今では少し高めのホテルに変わっていた。よく考えればこんな朝早くからフロントがやっているところなど高いに決まっている。
 こういうときはマクドナルド。看板が出ていたので探し回り、ようやく見つけると閉まっている。なぜ24時間営業じゃないんだ? 仕方なくインフォメーションへ。すると当然ながらやっていない。張り紙がしてあって、時間外には第二オフィスへ行けと書いてある。さっそく行ってみるとやっぱり閉まっている。うろついているとおじさんが開けてくれるが、スタッフが来るまで待ってくれと言う。ようやくスタッフがやってきて、ユースを教えてもらうがなにやら英語で付け加えてプロブレムがあり、だめならメインオフィスに行ってくれと言うではないか。いい加減な。
 ここらへんでようやく7時になりマクドナルドが開いた。ビックマックがなんとおいしく感じられることか。ここはなぜかハトが店内を散歩する平和なマクドナルドだった。従業員がハトの追い出しにかかってもすぐにまた戻ってくるのだ。8時まで時間をつぶしてインフォメーションへ。すると係員が出てきて、今日は閉まるので第二オフィスへ行ってくれという。だから、その第二オフィスがここに行けと言ったんだっつうの。途中で発見した別のインフォメーションで宿を紹介してもらう。ついでにアウシュビッツの行き方も教えてもらう。
 宿へ向かうため、教えてもらったとおりにバスに乗る。すると革ジャンを着た男がなにかを見せてなにか話すとみな一斉にチケットを見せる。ぬきうち検札だ。堂々とシングルチケットを見せると男はバックパックを指さし、これはあなたのかと聞く。そうだと答えると、あなたは荷物のチケットを持っていないから罰金を払えと言う。なんだと? 確かにインフォメーションで荷物もチケットが必要だと言っていたが、そんなの面倒なので買わなかったのだった。この町は初めてだ、そんなの知らないと言い張ったがまるで通用しない。金がないといったらATMでおろせと言われる。宿のパンフを見せるとここだと言われてそこで降り、ATMで金をおろして罰金を払った。ふ、どうせ11ドル、はした金だもってけドロボー。
 ポーランドを呪いながら宿を探すとユースがある。しかしパンフと名前が違うような。スタッフに聞くと別の場所だった。降りる場所はまだまだ先ではないか。思い返せば数年前、バイクで北海道旅行をしたときのこと。北海道上陸後1時間たらずでスピード違反に引っかかった私がヤケになって道を尋ねたときにも間違った情報を教えられた。こういう奴らに道を訊いてもウソを教えられるのであった。
 ほとほと疲れ果てて宿に着く。荷物を降ろしてまた市街地へ戻る。しかし今度はバスチケットが手に入らない。キオスクで訊いてもそんなものはないという。じゃあ、どうすればバスに乗れるんだよ。結局すべて歩いて駅に戻る。まずはユーロラインオフィスとターミナルの窓口に行くと、さんざんたらい回しにあったあげく、ここにはないと言われる。じゃあアウシュビッツだとバスに乗ろうとすると、自分の目の前でそのバスは出発する。別のバスターミナルからもバスが出ているはずなので探し回る。インフォメーションでつけてもらった印がでかすぎてどこだかわからない。バスの運転手や売店などいろいろな人に訊くとみんなばらばらの方向を教える。お前ら本当に知ってるのか? その間、アウシュビッツへつれて行くというタクシーの客引きがつきまとってとにかくうっとうしい。インフォメーションに行ってもう一度場所を訊く。その前にユーロラインと、ターミナルで教えてもらった場所に行くがなかなか見つからない。そうこうしているうちに12時を過ぎてしまう。アウシュビッツまでは1時間40分もかかる。なぜあんな早朝に着いてアウシュビッツに行けないのか? とにかくこの日の自分はついていなかった。ヨーロッパに着いてからかえって旅がしづらくなったような気がするのはなぜだろう。
 クラコフ自体は味のある町で、映画「シンドラーのリスト」の撮影に使われたという町並みを歩いたり、城に行ったりした。町のあちこちでリング状のパンを売っていて、けっこう安い。ロンプラに載っていた安食堂は本当に安かった。とはいえひとりではなかなか時間がつぶれない。真っ暗になって腹が減ったと時計を見たらまだ5時だ。ここでも冬のヨーロッパ、そしてひとり旅の寂しさを痛感した。

 ハト少年 ハトに襲撃される少年。この町はハトが多い


アウシュビッツへ
 翌日は万全の体制でアウシュビッツに臨む。外に出ると小雪がぱらついている。ついにこの旅も雪を見るところまで来たかと感慨深い。ローカルバスで1時間40分、ようやくアウシュビッツミュージアムにたどり着く。珍しく金を払って日本語パンフレットを買い、それを見ながら歩くことにする。
 最初に目にしたのは、二重の厳重な鉄条網だ。それでいきなりこの場所の性格を理解する。あの強制収容所に自分は来たのだ。中の建物は煉瓦づくりで、やけに整然と並んでいる。収容所とわからなければ、落ち着いたヨーロッパ風の建物と感じていただろう。四方に監視塔があり、常に見られている感じが嫌でたまらない。囚人棟が展示室になっていて、あの有名なたくさんのメガネやカバンを目にする。そして髪の毛。薄暗い部屋に大量に女性の髪の毛が展示してある。背筋が寒くなる部屋だ。
 収容所内の刑務所というところがあり、地下には牢屋のあとがある。狭苦しくて空気が悪い。ちょうど団体とかち合ってしまい、狭苦しい牢屋を狭苦しく見学することになった。本当に牢屋に押し込められた気分が味わえた。

 止まれ 止まれと命じている

 他の建物には各国の展示がある。ユダヤ人に関する展示館があり中に入ると、薄暗いうえに展示物がおどろおどろしく、しかも誰も人がいない。しかもこの建物も収容所跡だ。いったい何人の人がここで死んだのだろう。最後はガス室。ひとりで見ているとぞくぞくしまくりである。団体でうるさいのも困りものだが、こういうところをひとりで見るのもあまり心臓によくない。下手なお化け屋敷よりよっぽど怖い。
 アウシュビッツの次はビルケナウというアウシュビッツ収容所2号に行く。古い線路があり、それが収容所の中にのびている。中に入ると、アウシュビッツなど比べものにならないほど巨大だ。線路の両脇にたくさんの収容所とその跡が並んでいる。とてももの悲しい光景だ。銃殺して死体を野積みにした場所、灰を捨てた池、そして証拠隠滅のために破壊されたガス室、すべてが重々しい。おまけに敷地のはずれの方に行くと人がいなくなり、よけいに寂しくなる。3時だというのに空は夕焼け、風が冷たい。周りの林はこんなにきれいだというのに、ここはなんと哀しい場所なのか。すっかり重苦しい気分になりアウシュビッツを去った。

 終着駅 収容所に向かう線路。その先はない


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ワインの里 (ルクセンブルク、ドイツ他 01.11.19)

 楽しみにしていたドイツの旅を始めることにする。甘くておいしいドイツワインのふるさとモーゼル川沿いをのどかに旅する、そんなふうに考えていたのだが……。

大聖堂を見る
 クラコフの次は、針のように尖った大聖堂で有名なドイツのケルンに移動する。クラコフからのバスは長距離バスなのになぜか乗り換えがある。二番目のバスは車内でビデオ放送があったりコーヒーのサービスがあったりと、まるでトルコのバスのようだ。基本的にヨーロッパのバスは、ドライバーが飲むためだけにコーヒーセットを搭載しているのでこういうことは珍しい。
 20時間近くバスに乗り、ケルンにはまたしても予定より一時間早く到着した。いつものように天気が悪い。見上げるとすぐにあの大聖堂が見えて感激する。しかし高すぎるからか悪い天気のせいか、先端がかすんでいるぞ。
 ケルンといったら大聖堂。それ以外に思い浮かばないくらいなのだが、同じようなゴシック様式の大聖堂を前にも見ているので感動が薄い。そうなるとここもただの町だ。傘を差して町を散策するくらいしかやることがない。一泊する必要すらなかったかもしれない。せめてビールをとケルンの缶ビールを買って飲んでみる。歩きながら缶ビールを飲むと少しわびしい。

 ベンツタクシー 本場ドイツのベンツタクシー軍団


悪夢再び
 ケルンの次は、なにかと評判がいいルクセンブルクに行こうと考える。そこからモーゼル川沿いに進んでドイツに入り、ライン川に向かうのだ。ケルンからルクセンブルクに直接行くバスはなく、鉄道も乗り換えがあるので面倒くさい。それならいっそバスでブリュッセルに行き、そこからルクセンブルクに入りまたドイツに戻ろうと予定を立てる。この選択が失敗の元だった。
 バスは出発してから1時間後に停まり、動かなくなる。なにか問題が発生したのか。動いたと思ったら他のバスが待っていて、その乗客が乗り込んできたりする。なにがなんだかわからないまま一時間近く停まっていたような気がする。ブリュッセルに着いたのは夜10時半。なぜ肝心なときに限って遅れるんだバスというやつは。急いでATMに行くと大きな額しかおろせない。それでもしかたなく降ろし、地下鉄に乗ろうとする。しかし、出てきた高額紙幣が自動券売機で使えないではないか。周りを見渡しても売店のたぐいはすべて閉まっている。乗れないっつうの。無賃乗車という手があるものの、クラコフで金を払わされて慎重になっていた私は歩くことにする。しかし宿に行く途中に長い上り坂がある。疲れるのなんのって。
 へとへとになって宿にたどり着くとレセプションが空っぽだ。チェックインできないのかとあせっているとそのうち悠然とスタッフが戻ってくる。予約していると告げると、安いベッドはふさがったという。予約したのになぜフルなんだ? 訊くと10時を越えたのに電話がないからだという。そんなのバスが勝手に遅れたんだしバスに乗っていて電話などかけられるはずがないではないか。遅くなるからわざわざドイツから予約したというのに。さんざん文句を言うが取り合ってくれない。なんちゅう宿だ。
 結局近くの別のユースホステルを紹介してもらう。そこのレセプションも閉まっていて、バーテンが受付をする。彼は、金は明日払ってほしい、その代わりパスポートを預かると言う。は? アジア圏を含めてそんなつまらない理由で一度もパスポートを取られたことなどなかったのに。そんな危険なことできるかと抵抗するが、いやなら泊まらなければいい、ぐだぐだうるさい東洋人だという感じの態度をとられる。
 部屋に行ったら電気が消えていて真っ暗。自分のベッドを探すため電気をつけると、オヤジが怒り出した。まだ12時前だし、ドミでやむなく電気をつけることぐらい当たり前の行為だ。ベッドがわからないとしきりに謝るものの、このバカがとばかりに舌打ちされたりにらまれたりとさんざんなめにあった。もうこんな町二度と来るものかと思ったブリュッセル。あれはたまたまだと自分に思い聞かせてやってきたらやっぱりひどい目にあってしまった。

きれいな小国
 翌日、ルクセンブルクまでのチケットを買う。電車に乗ろうとするとやっぱり出発したばかり。次の電車まで1時間待ってようやく乗り込む。進行方向に向かって席を取ったつもりが電車は逆に走り出す。始発駅ではないのにまさか折り返し運転するとは思わなかった。久しぶりに乗る電車はバスなどよりよっぽど快適で、しかも日本の電車のように揺れないのがいい。もらったトーマスクックの予定より一時間早く、電車はルクセンブルクにたどり着く。トーマスクック、捨てようかな……。
 インフォメーションでもらった地図を見ながら歩くと、道が思った以上に複雑であっさりと道に迷う。とはいえ小さい町なので迷っても大したことがない。ユースホステルにたどり着いてチェックイン。ようやく身軽になり町を散策することにした。
 外に出るといきなりひょうが降ってくる。雪の次はひょうか。ひとりで「うひょひょう」とはしゃいでみてもむなしくなるばかりだ。雨やひょうなど気にしていてもヨーロッパで観光はできないので、無視して町を歩くしかない。ヨーロッパ人が白人になったわけがよくわかる。
 この町は砦というか城壁によって囲まれている。地形も天然の要害といった感じで、実によくできている。感心しながら城壁の散策コースを回った。わざわざひとけのない薄暗い塔などで不気味なBGMが流れるようになっている。狭苦しい塔を下っていると、女性の哀しげな声が聞こえてきて驚いたが、センサーで人を感知して流れ出すBGMだった。つくづくヨーロッパ人は悪趣味だ。

 ルクセンブルク 絵本のような町並み

 ルクセンブルクでは、この旅で初めてクレジットカードを使う。スーパーに買い物に行き、手持ちがないのでカードを使ってみたのだ。パスポートの提示を求められる物々しさだったが問題なく麺やソースを買うことができた。
 ところが翌日、鉄道のチケットをカードで買おうとすると額が小さいので扱えないと言われる。昨日のスーパーの代金の方がよっぽど少額なのに。ベルギーの通貨がそのまま通用する国なので、ATMもベルギーと同様に高額紙幣しかおろせない。しかたなくドイツマルクを両替して切符を買った。余った金で水を買おうとすると、その前まで丁寧に応対していた女性が急に無愛想になる。ヨーロッパ人は東洋人に冷たい。

ドイツの地方都市で疲れる
 ルクセンブルクから再びドイツに。今度はトリアーという町だ。ロンプラに地図が載っていないのでまずはインフォメーションへ。宿を紹介してもらおうとすると、係員はシングルがどうのこうのと言ってくる。なぜこっちがチープなユースホステルを紹介してくれと言っているのにシングルという単語が出てくるんだ? 意味が分からないので何度も聞き返す。とにかくドミトリーだと言い張ってなんとか紹介してもらう。しかしこいつが地図にポイントした場所には宿など存在しない。ロンプラに住所が載っていたので発見することができたが、もし持っていなかったら永久に見つからなかったことだろう。
 ブリュッセル、ルクセンブルク、トリアーとさんざんバックパックを背負って歩かされ、ほとほと疲れたので再び荷物の軽量化を思い立つ。ハイネケングラスなど不要なものを送ってしまうことにする。郵便局に行き、箱のチョイスから宛先の書き方までドイツ人相手に何度ももめながらようやく送ることができた。
 宿探しや郵便などで時間がなくなり、本格的に観光し出したのは周りが暗くなり始めた頃だ。しかしどこも終わっている。暗いので外からもよく見えないし、安いデジカメでは光量が足りずに写真も撮れない。暗くなった町をひとりとぼとぼ歩いていると現地の若い連中にからかわれたりとろくなことがない。
 今日も疲れ果てて宿に帰ってくると部屋の鍵が開けられない。ヨーロッパの鍵は、なぜか内側と外側から鍵が差し込めるようになっていて、内側から鍵を差し込んでいると外側から開けられなくなってしまう。鍵穴からは鍵らしきものが見える。部屋に入れないのは困りものなのでレセプションに行くとレセプションの鍵も閉まっているではないか。レストランに行ってスタッフに訊くと、またしてもいつものたらい回しにあう。さんざん聞き回ってなんとかスタッフを見つけ、鍵を開けてもらうことに。しかしノックしても返事がなく、そうなると彼らにも開けられないのだという。そんな宿があるのか? 別の部屋を手配するのでそっちで寝て、明日荷物を出してくれとか言われる。マジすか、と叫びたくなるような仕打ちだ。
 1時間後くらいにスタッフががんがんドアを叩いてドアを開けさせ、ようやく荷物を出すことができた。宿ですらこれだ。やけになって前髪を切ると大失敗。切りすぎて20年前のアイドルのようになってしまった。ヨーロッパは本当に旅がしづらいと改めて感じた一日であった。

 豚 道ばたのブタを駆る像。ちょっと邪魔


ワインと城のモーゼル川
 ラインラントに来た最大の目的は城巡りだ。この辺りにはたくさんの城があるという。トリアーからモーゼル川沿いを走る電車に乗る。ドイツでは100キロ以上の切符を買うと4日間有効なので途中下車ができる。まずはコッヘムという町で降りてみた。モーゼル川といったらワインが有名なので、インフォメーションでワイナリーを教えてもらう。さっそく駅のすぐ裏のワイナリーに行ってみるとシーズンオフでツアーがないという。それでも好意で試飲をさせてくれて、ワインのことも丁寧に教えてくれた。いい人だ。
 コッヘム城は山の上にあり、けっこう坂がきつい。見学ツアーでは日本語のパンフレットが用意されていて楽しめた。こじんまりとした城で、金持ちが再建したものだという。満足して城を下った。この辺りはまだよかった。

 コッヘム城 ドイツの城である

 次に、“見逃すな”とロンプラに載っているエルツ城に行ってみる。再び途中下車するとコインロッカーがないではないか。かなり寂れた駅だ。駅員が見あたらなかったものの、ベルを押すと出てきて、荷物を預かってくれた。そのときに英語の説明書きを見せてくれて、1時間かかると書いてある。ロンプラには40分とあって遠いと感じているのに、1時間とは。早歩きをするつもりだったので30分で着くだろうと推測して歩き始める。
 最初は住宅地の脇を通る舗装路だったがだんだん道幅が狭くなり、ついには山道になってしまった。さらに途中で通行止めになっているではないか。シーズンオフで城が閉まっているらしい。しかしここまで30分も歩いてきたのだから今さら引き返すわけにはいかない。通行止めをくぐってさらに山道を進む。もう40分近く歩いているのに一向に着く気配がない。早くしないと暗くなってしまうので山道を走ったりする。そして、こんな山の中にあるのかというところに忽然とその城は姿を現した。さすがにきれいだ。入り口に向かう橋と階段にもロープが張られているがすべて乗り越えて上まで行く。すると上は工事中で近づけなかった。ここまで来たというのに。ガイドブックで誉めている場所には注意が必要だ。
 宿はコブレンツという町のユースにする。コブレンツのユースは要塞の中にあり、ロンプラによるとエクセレントだというのだ。またしても不吉なキーワードである。バスに乗り込んでユースに行きたいと言うと、バス停からさらに20分歩くという。大げさだなあと思って実際に歩き始めると、本当に20分、いやそれ以上かかりそうではないか。ここも坂道がやたらきつく、重い荷物を背負っていると疲れて仕方ない。砦なのでやっぱり山の上なのだった。
 くたくたになってユースに。ふと下を見るとライン川とモーゼル川が交差していて、夜景がとてもきれいだ。要塞がユースだということも気に入って2泊してしまった。ただしユースのスタッフのオバはんはヨーロッパ人らしくかなり無愛想だった。

城巡りとは登山である
 コブレンツからはいよいよライン川沿いの城巡りだ。ただの観光となめてかかっていた私をあざ笑うかのごとく、一筋縄ではいかないのだった。
 ザンクトゴアールという、ライン下りのメインのような町で下車する。さぞかし栄えているのかと思ったらコインロッカーもなければ駅員もいない小さい駅ではないか。これから城を見るというのにこの大きな荷物をどうしろというのだ? インフォメーションに預けるという手もありそうなものの、日曜日でやっていない。しかたなく荷物を背負ったまま城を目指すことにした。
 城というのはどうしてわざわざこんな山の上に作りたがるのか。設計した人間を恨みたくなるほど途中の道は急だ。背負う重いザックと相まって気分は登山である。なぜドイツにまで来て登山をしているのか。ようやくたどり着いた城はまたしてもシーズンオフで中に入れない。
 ライン川の向こう岸にも城があるので行ってみようと思うが渡し船がない。ここら辺のライン川は橋というものが存在しない。どうやって人々は向こう側に渡っているのだろうか。名前を聞いたことがあるローレライの岩もすぐ近くだということで荷物を背負って歩く。近いとはいえ歩けばそれなりに遠い。着いてみてもただの岩だ。疲れただけである。
 その次の駅にも城がある。この辺りは城だらけなのだ。ここはさらにひどく、町の地図すらない。ならば途中のユースで訊こうと看板をたどって行くとまたしても坂道。しかも途中から山道になる。こりゃ本格的な登山だ。城がその先に見えるのでひたすら山道を歩く。寒いのに汗が出てくる。ようやくにしてたどり着いた城はホテルになっていて、これも中に入れない。どういうことだ?
 次の駅はバッハアラッハ。ここは城がユースになっていて人気があるという。ここまでさんざんな目に合ってきた私は嫌な予感がする。ユースの看板に従って歩くと当然のように山道になっている。しかも歩幅のせまい階段ではないか。登ってみるとわかるが、単なる山道よりも階段の方がはるかに疲れる。さすがにこの登りはきつかった。城や砦のユースはなかなか興味深いのだが、立地が狂っているので気をつけた方がいい。

 ユースへの道 こんな山道を登らされる

 ここは悲しいことに、夕食の量が少なすぎて腹が減って仕方ない。町のユースと違って、いったん登ってしまうと二度と下界に降りたくないし、夕食を食べてくるとまっくらな山道を登ることになってしまう。ユースのめしなどまずくてもいいから(というかすでにまずい)腹一杯食べさせてもらいたいものだ。

ユース これでもユース


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